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ひたすらやり続けること

 dj hondaは35年以上、ILL-BOSSTINOは約25年のキャリアを持つ。本作にはベテランとしての矜持、ベテランだからこその憂いや嘆きも綴られている。

 「自然とそうなったのかも。制作の前半に作った曲では、hondaさんと1対1でやること自体の昂揚感だったり、ぶつかり合いがテーマになってる。だけど、後半になると、自分のこれまでの詞世界の延長というか、2枚組を出してコロナ禍を経た俺は2021年現在こう思うっていうリリックに着地するようになった。最初はヒップホップ的な会話だけど、後半はそれを超えられた。そこまで行けて良かったと思ってる」。

 制作の後半ではdj hondaから渡されるビートにも変化が表れはじめたという。

 「最初はストロング・スタイルというか、剛に対して剛で返していく感じだったんだけど、剛と剛の対決は初期衝動でできちゃうというか。アルバム全体のことを考えると柔のやり方も欲しかったんだけど、10曲くらい作ったときにhondaさんが出してきたトラックがメロウでソウルフルなものだったんだ」。

 そうして生み出されたのが“CAUSE I’M BLACK”や“GOOD VIBES ONLY”、MVが制作された“SEE YOU THERE”。なかでも“CAUSE I’M BLACK”のフックでは「トラックに感化されたね。俺の知らない俺を引き出してもらえた」と語る通り、珍しく歌うようなフロウも聴くことができる。さらに中盤の“EVERYWHERE”で聴ける清涼感のあるアコギのループや、“SIGNATURE”での美しいピアノの旋律、“BANDIERA”での印象的な女性の声ネタも〈柔〉のテクスチャーを創出。男臭い作品に艶麗な雰囲気を加味している。その“BANDIERA”で使われたSEや、要所に散りばめられた声ネタのスクラッチも楽曲の臨場感やドラマ性をアップ。もともとストーリー性の高いリリックを書くILL-BOSSTINOだが、その持ち味がdj hondaのドラマティックなトラックによって、さらに引き立てられている。

 「やっててハマってるなと自分でも思ってた。やっぱりhondaさんのトラックは劇画チックだよね。あと、俺の中ではdj hondaといえばスクラッチっていうくらい特別な要素で、曲に展開をつけるためにもスクラッチはたくさん入れてほしいと思っていたんだ。今回はhondaさんの過去の曲から声ネタを選ぶというルールを自分で勝手に設けてたんだけど、hondaさんは全部覚えてるんだよ。〈あの曲の、あのヴァースの、あの言葉わかりますか?〉って言うと、〈これか〉ってすぐ出してくれて、しかも全部アカペラで持ってる。俺にとってヒーローだった向こうのラッパーたちの息遣いがハーハー聴こえるようなアカペラを持ってるんだ。それを擦ってもらったんだから、超贅沢な時間だったよ」。

 今回の『KINGS CROSS』の制作を通じて、ILL-BOSSTINOの目にdj hondaの存在はどう映っていたのか。

 「ビートの鬼だね。実績もそうだけど、あんなにずっとやってる人は知らない。いまこの瞬間もビートを作っているだろうし、昨日も作ってたし、明日も作るはず。〈昔は凄かった〉という人なら大勢いるけど、いまもこんなにやってる人はいるか?って感じ。本当に凄いなって思う」。

 ひたすらやり続けること。それを今回のdj honda道場で学んだというBOSSは、dj hondaのことを「ミュージシャンシップの塊」だとも表現する。

 「もう呼吸の域だね。呼吸するようにビートを作る。ジャズってこれなんだろうなって初めて思った。ジャズ・ミュージシャンがそのときの呼吸で毎晩違う演奏ができるように、hondaさんも1つのネタから、今日、明日、明後日で全部違う曲が作れる」。

 この取材の前日に50歳を迎えたILL-BOSSTINO。孔子は〈五十にして天命を知る〉と遺したが、ILL-BOSSTINOもdj hondaの姿勢から今後の羅針盤を見つけたようだ。
「自分も相当やってきたつもりだったけど、これでも足りねえんだって。身をもってそれを教えてくれる人にヒップホップで同じ地元で初めて出会えたし、やっと先が見えた感じがする。俺もこのままヒップホップを追いかけていったら、hondaさんのような領域に行けるのかもって。それが超楽しみになってきたから」。

関連盤を紹介。
左から、THA BLUE HERBの2019年作『THA BLUE HERB』、2020年のEP『2020』、YOU THE ROCK★の2021年作『WILL NEVER DIE』(すべてTHA BLUE HERB RECORDINGS)