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“Honesty”(78年作『52nd Street』収録)

バラードの達人、というイメージはこの曲あたりと直結しているのかもしれない。稀代の名盤『52nd Street』(邦題:ニューヨーク52番街)に収録。“My Life”、“Big Shot”に次いでシングルカットされたが、本国チャートではトップ20に入っておらず、人気の面ではいまひとつの感がある。真逆といっていい評価を与えられているのがわが国ニッポンで、好きな曲ランキングを実施すればかならず上位に食い込んでくる有名曲だ。こういう湿り気のあるメロディーにとかく日本人は弱い。

しかしそういう点を差し置いても、この曲が兼ね備えている格式の高さはどれだけ時が流れようともけっして揺らぐことはない。曲世界にピッタリ合ったビリーの澄んだハイトーンボイスも実に麗しいかぎり。リアルタイム派の多くは、ネッスル〈チョコホット〉のテレビCMとセットで記憶されているかと思う。寒そうな都会の冬景色とカップから昇る甘い湯気。そんな映像と“Honesty”の美しいメロディーが重なり合うあのCMは、忘れようにも忘れられない。

 

“Zanzibar”(78年作『52nd Street』収録)

ビリーの人気を決定づけた『52nd Street』は、いわば『Turnstiles』と『The Stranger』というキャリアにおける重要作のいいところが合わさって出来たような良質盤であった。傾向としては、人種のメルティングポット、NYの街を彩るさまざまなサウンド(&ノイズ)を巧みに取り込んだかのようなクロスオーバー度の高い音作りが成されており、全体的なアーバンなタッチはAORファンからの人気もすこぶる高い。

そんなアルバムを象徴するのがジャジーな装いの本曲だ。サルサの官能的なリズムが鳴り響くバーの光景を連想させる場末感満点のサウンドメイクがたまらなくテイスティー。疾走感溢れる展開も、かの地の夜の一場面を切り取ったかのような生々しさがあってやけにスリリングだ。間奏とアウトロで快調なトランペットソロを聴かせているのは、アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズやV.S.O.P.クインテットなどで活躍した名手、フレディ・ハバード。彼が注入するいなせなムードが、路地裏の吟遊詩人の言葉ひとつひとつを艶めかせていく。なお2005年発表のボックスセット『My Lives』には、フレディのソロがほぼノーカットで入った別バージョンが収められている。これはもう相当なカッコよさなので、未聴の方はぜひチェックしてみてほしい。

 

“You May Be Right”(邦題:ガラスのニューヨーク、80年作『Glass Houses』(収録)

人気は上がり続けているものの、相変わらずみんなが求めるのはバーが似合うピアノマンのイメージ。なんかちょっと窮屈かも。よっしゃ、ここらへんでイメージをぶち破ってやろうか。そういって石ころを握りしめ、世間に向かって思いっきり投げつけてみせたのが『Glass Houses』(ビリーに投石されそうになっているアルバムジャケットの家は、彼が当時住んでいた邸宅)。

軽快なギターリフがイカすこのオープニングナンバー(第1弾シングルでもある)は、まさしくビリーのロックンロール宣言となった。でっかいスタジアムの上でマイクを振り回しながらシャウトする彼の姿を見慣れたいまでは信じがたいが、かつてこの宣言を食らったリスナーたちは一様にうろたえ、戸惑いを隠せなかった。優等生がいきなりバイクにまたがりサングラス姿で現れたのだから、そんな反応も至極当然。イントロのガラスが割れるSEはまさに聴き手の心の音だったと言えよう。

しかしながら、ここでのビリーの晴れやかな表情は実に魅力的だ。ビリー・ジョエル・バンドの面々のヤンチャさ溢れる演奏もイカしているし、このとき彼はたしかに何かから卒業したと言える。