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40年越しの願いが叶った〈BeatleDNA〉

──ちなみに白木さんが岩本さんと交流をはじめたのは、ソニーに入社してからですか?

「はい。弊社に入社したのが88年で、洋楽担当になったのが93年。相変わらず自分の好きな音楽は溜まっていく一方だし、世間的にまだ誰にも知られていないそうした音源をまとめた形で出せないかなという漠然とした想いだけが、入社した頃からずっとあったんです。そんななか、岩本さんと実際にお会いしたのは確か90年代の終わりくらいだったかな。すでに『ストレンジデイズ』も始まっていて、定期的に〈ビートルズの遺伝子〉の特集記事を作られていた頃です」

──僕も当時の「ストレンジデイズ」は穴が空くほど読んでいました。すでに音楽ライターとしてそこに寄稿もしていたのですが、クラトゥやパイロット、スタックリッジといった〈ビートリッシュ〉なバンドは「ストレンジデイズ」に教えてもらいましたね。2012年に岡俊彦さんと共同監修で「ビートルズの遺伝子ディスク・ガイド」という書籍を刊行したのは、いうまでもなく「ストレンジデイズ」の影響がものすごく大きかったです。

「僕と岩本さんもその頃から、〈いつか『ストレンジデイズ』で紹介している音源を、まとめて出せたらいいよね〉みたいなことは話していました。でも、ソニーの音源だけを集めたっておもしろくないじゃないですか(笑)。かといって90年代はまだ、他社から音源を借りてきてコンピを作ることなどが簡単にはいかなかった時代で。こういう制作で何が面倒臭いかというと権利関係についての諸々なんですよ。もう、挫折の繰り返しでしたね(笑)」

──そうだったんですね。

「それでも岩本さんとは、顔を合わせるたびに〈いつかやろう〉と言い合っていたのですが、ジョン・レノンが死去して40年とか、ビートルズ解散から50年とかさまざまな節目がやってくる。僕自身もあと数年で定年を迎えてしまうしと(笑)、一念発起したのが2019年。挫折の繰り返しではありましたが、『Power To The Pop』というコンピをなんとかその年に出すことができました。入社してから30年ですし、もっと遡れば高校生の頃からビートルズの遺伝子による音楽は聴いていたわけですから、構想30年どころか40年の想いが詰まっているんですよね」

 

ディミニッシュコードの虜

──70年にビートルズが解散したあと、80年代のペイズリーアンダーグラウンド、90年代のブリットポップなど、〈ビートリッシュ〉〈ビートリー〉な音楽は今に至るまで受け継がれてきたわけじゃないですか。それはなぜだと白木さんは思いますか?

「ディミニッシュコードやメロトロンが多用された音楽は常にあって、最近はサイケデリックな要素を内包したヒップホップも多いですし、たとえドンピシャじゃないにしても、何かしら要素を受け継いでいる音楽が存在し続けているのは本当に不思議ですよね。今回、『Power To The Pop 2』に収録したケミカル・ブラザーズの“Setting Sun”(96年)とか、サウンド的には決してドンピシャではないけど、ドラムパターンが(ビートルズの)“Tomorrow Never Knows”(66年)だったりして」

ケミカル・ブラザースの97年作『Dig Your Own Hole』収録曲“Setting Sun”
 

──そういうちょっとした要素が入っただけで〈ビートリッシュ〉だと感じるのは、裏を返せばそれだけビートルズは特殊だったということなのかもしれないですよね。〈ポップスのスタンダード〉と思われがちですが、かなりイビツなところがあったからこそ耳に残るのかなと。

「まさに黒田さんが『ビートルズの遺伝子ディスク・ガイド』の〈How To Make The Beatles〉という章で書かれていたことですよね。僕も同感です。クリエイターの耳を持つ人なら誰しもが、そこに音楽的なヒントを見出しているというか。ディミニッシュとかはっきり言って変なコードじゃないですか(笑)。そういうものを中後期のビートルズ、とりわけジョージ・ハリスンは効果的に使っていると思うし、そこが好きになってしまう部分なんですよね。僕、本当にディミニッシュコードが大好きで(笑)」

──あははは、わかります!

「まだコードの仕組みなどについて全然知らなかった中学生の頃からジョージのソロの楽曲“Isn’t It A Pity”を取り憑かれるように聴いていたんです。もう、ジョージ・ハリスンの楽曲の虜という感じ。どうしてこんなに好きなのか、後になって調べてみると〈そうか、ここでディミニッシュを使っているのか〉となる。そこからディミニッシュを使っている楽曲をどんどん集めるようにもなっていきましたね」

ジョージ・ハリスンの70年作『All Things Must Pass』収録曲“Isn’t It A Pity”
 

──そういう〈ビートルズの遺伝子〉を受け継いだ、ビートルズ以外の楽曲を聴くことで、よりビートルズの特異さに気づくこともありますよね。確か岩本さんだったと思うんですけど、〈僕はメロトロンの音が少しでも入っていたら、その曲を好きになってしまう〉といった趣旨のことを書いているのを読んで、同じことを考えている人がいるんだ……と思ったのを覚えています。

「(笑)。メロトロンにもディミニッシュと同様の魅力がありますよね。いったい何なんでしょう」