©Mario Sorrenti

自身の思い出と直感的に結び付いた記憶のソングブック――ライヴでさまざまな楽曲を取り上げているキャット・パワーが3枚目のカヴァー・アルバムをリリース!

 「ロックダウン中はずっと息子と過ごせたから、そういう意味では充実していた。息子は2か月の時からずっと私とツアーで旅に出る生活を送っていたから、初めてやっと家の中で母親らしくいることができた。私は良い母親だとは思うけど、ロックダウンがあったから、彼に読み書きや算数を教えることができたの」。

 2018年の『Wanderer』から新天地のドミノに移ったキャット・パワーことシャーン・マーシャル。先日はエディ・ヴェダーらと名を連ねたサントラ『Flag Day』も世に出たばかりだが、新年早々にリリースとなった移籍後の2作目は、彼女にとって3枚目のカヴァー・アルバムとなった。2000年の『The Covers Record』と2008年の『Jukebox』はいずれも評価の高いカヴァー作品となったが、今回の新作『Covers』も彼女らしい個性でまとめられた一枚で、「カヴァー曲を演奏するときは、大好きなアーティストたちに対する大きな責任を感じる。会ったことがある人もない人も含めて」という敬意が伝わってくるような内容になっている。そうでなくても、レパートリーの多くはここ数年のライヴ・セットに組み込まれていて長年のファンには馴染みのある選曲のようだ。冒頭で本人が語るようにコロナ禍の状況は彼女を別のモードへ導いたわけだが、そのようにライヴと遠ざかった日々こそが、ライヴでお馴染みの楽曲をレコードに刻んでおくきっかけになったのかもしれない。

 「私はいつもカヴァー曲を演奏している。それを録音するのが重要な理由は、私もリスナーも形にしたものを手に入れられるから」。

CAT POWER 『Covers』 Domino/BEAT(2022)

 すべてセルフ・プロデュースでシンプルに制作された『Covers』は、いずれも彼女自身の思い入れが深い全12曲を収録(+日本盤ボートラにはローリング・ストーンズのカヴァー“You Got The Silver”を追加)。キャット・パワー自身がいまやラナ・デル・レイやクレイロ、フィービー・ブリジャーズ、エンジェル・オルセンといった後進アーティストから敬意を集める存在なわけだが、今回マーシャルが取り上げているのも本人が長い人生の節目節目に親しんできたアーティストたちの忘れ難い名曲である。

 オープニングに選ばれたのは、フランク・オーシャン“Bad Religion”で、彼女はその歌詞をキリスト教ヴァージョンに変えて披露している。続く“Unhate”はキャット・パワー自身が2006年作『The Greatest』で発表した“Hate”のリアレンジ・ヴァージョンだ。

 「これはツアーですでに演奏するようになっていた曲。“Hate”は自殺についての曲で、『The Greatest』までの私は自滅的で常に落ち込んでいたけど、私の人生はそこから変わり、セラピーを受けたりして立ち直った。いまの私はもう当時のような状態にはならない。だから『Wanderer』のツアーでオーストラリアにいてリハーサルをしていた時、皆にあの曲をどう変えたいかを伝えて、その時から“Unhate”を演奏するようになった」。

 さらに友人のザック・シールズが在籍するデッド・マンズ・ボーンズの“Pa Pa Power”、ツアー・サポートやコラボで縁を深めたラナ・デル・レイの“White Mustang”、「大学のラジオから流れてきた時、それを聴いて、私も彼の横に一緒にいるような気持ちになった」と思い出を語るポーグスの“A Pair Of Brown Eyes”、20代の頃になけなしの小銭を払ってジュークボックスで聴いたというリプレイスメンツの“Here Comes A Regular”……とオリジナルの発表年も彼女がそれに触れたタイミングもさまざま。例えば、自作に招いた経験もあるイギー・ポップの“The Endless Sea”は映画「ドッグ・イン・スペース」で初めて耳にしたそうで、「あの曲がかかるあの映画のシーンは、私の人生の一部なの。心に響くものがあって」と話す。他にもキティ・ウェルズの古典“It Wasn’t God Who Made Honky Tonk Angels”(52年)やニコの歌唱で知られるジャクソン・ブラウン作の“These Days”も実に興味深い選曲だ。そんな本編のラストを飾るのはビリー・ホリデイで知られる“I’ll Be Seeing You”。このスタンダードを取り上げたきっかけは、2019年に急逝したフィリップ・ズダール(カシアス)を含む身近な人々を失った経験だという。

 「愛する人を失っても、ずっとその人たちの思い出を心に抱かせてくれる歌がある」。

 受け手それぞれの思い出と深くリンクできることは音楽が備えた素晴らしい特性のひとつである。つまりこの『Covers』に記録された楽曲の数々は、また別の誰かの記憶に結び付いていくことになるのだ。

キャット・パワーの作品を一部紹介。
左から、2000年のカヴァー集『The Covers Record』、2008年のカヴァー集『Jukebox』(共にMatador)、2018年作『Wanderer』(Domino)、参加した2021年のサントラ『Flag Day』(Republic)

 

オリジナル曲の収録作品を紹介。
左から、フランク・オーシャンの2012年作『Channel Orange』(Def Jam)、デッド・マンズ・ボーンズの2009年作『Dead Man’s Bones』(Anti-)、ラナ・デル・レイの2017年作『Lust For Life』(Interscope)、ポーグスの85年作『Rum Sodomy & The Lash』(Stiff)、ボブ・シーガー&ザ・シルヴァー・バレット・バンドの80年作『Against The Wind』(Capitol)、イギー・ポップの79年作『New Values』(Arista)、ニコの67年作『Chelsea Girl』(Verve)、キティ・ウェルズのベスト盤『The Best Of Kitty Wells』(Not Now)、ニック・ケイヴ・アンド・ザ・バッド・シーズの92年作『Henry’s Dream』(Mute)、リプレイスメンツの85年作『Tim』(Sire)、ビリー・ホリデイの編集盤『Billie Holiday』(Commodore/Verve)、ローリング・ストーンズの69年作『Let It Bleed』(Decca)