NYはブルックリンで活躍する女性シンガー・ソングライター、エディー・フロントがファースト・アルバム『Marina』をリリースした。ラナ・デル・レイやジョアンナ・ニューサムとも比較されるサッドコアな音楽性に加えて、可憐なルックスとモノクロームな世界観でも注目される彼女は、さまざまなアーティストのバック・ヴォーカルや映画の挿入歌、CMソングなどの制作にも携わりつつ、2012年にソロ活動を開始。ビョークやキャット・パワーのプロモーションを手掛けるエージェンシーのバックアップもあり、アルバム・リリース前から注目を集めてきた。
〈少年のような名前を持つ少女〉に憧れて、本来のシャイな自分と正反対のペルソナ=エディー・フロントを名乗るようになった彼女は、このデビュー作で才能がついに開花。ドリーム・ポップからポスト・クラシカルまで横断する唯一無二のサウンドを築き上げ、飛躍の時を迎えている。新世代のミューズはどのようにして生まれたのか? 新旧のミステリアスな歌姫からの影響や、彼女たちとの共通項も探りながら、このニューカマーの魅力に迫った。
優しさと絶望感を兼ね備えたディープな歌声、
アウトサイダー気質の音楽家に憧れた10代
エディー・フロントの歩みを振り返る前に、2012年のEP『Eddi Front』収録曲“Gigantic”のミュージック・ビデオをまずはチェックしてみてほしい。古めかしいモノクロ映像のなかで花嫁姿の彼女は、危うく張りつめたピアノの旋律と共に、〈どん底から這い上がるの〉と歌い、かつての恋人に対して恨み節を口にする。この曲を初めて聴いたときに、自分が真っ先に思い浮かべたのは(ピクシーズのカヴァーも有名な)デヴィッド・リンチ監督の映画「イレイザーヘッド」(77年)の挿入曲“In Heaven”だった。〈天国ではすべてがうまくいく〉と歌いながら、その希望が手に入ることのないことを仄めかす――映画の1シーンと同じように、この“Gigantic”からも、優しさと絶望感を兼ね備えたディープな歌声を聴き取ることができるはずだ。
現在はブルックリンを拠点に活動するエディー・フロント(本名:イヴァナ・カレーシア)は、ヴァイオリン奏者でアルゼンチン人の父と、言語学者/翻訳家であるイタリア人の母の間に生まれた。4歳くらいのときからヴァイオリンを習いはじめた彼女は、13歳になるとギターを弾くように。やがて両親は離婚し、彼女は母親と一緒に暮らすようになるが、音楽への情熱は留まることを知らず、ニルヴァーナやレディオヘッドから“Blue Moon”のようなスタンダード曲まで、タブ譜とにらめっこしながら奏法を習得していったという。
10代の頃のアイドルは、キャット・パワーやリズ・フェアといったアウトサイダー気質の女性アーティスト。シンガーになりきって歌うのも好きで、ペイヴメントの音楽から〈自分らしい曲を作ればオールOK〉と学んだ彼女が、べッドルームで作曲活動をスタートするのは自然の成り行きだったと言える。他にも、ニーナ・シモンやスコット・ウォーカーといった深淵なる歌い手たちや、ガイデッド・バイ・ヴォイシズやスモッグなど90年代のローファイ・ヒーローにも強く影響されながら、彼女は独自の音楽性を育んでいった。
CMソングで美しい歌声を披露、
シリアスな作風を確立したソロ活動の出発点
アーティスト活動の出発点から出会いに恵まれており、偶然知り合ったライアン・アダムスのレコーディングでバック・コーラスを務め、シャロン・ヴァン・エッテンとステージを共にしたこともあるという。当初はイヴァナXLという名義でソロ活動していたが、初のスタジオ録音へ臨むにあたってエディー・フロントに改名し、冒頭でも触れた2012年作のEP『Eddi Front』で再デビューを果たす。ニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズ“Into My Arms”のカヴァーも収録した4曲入りの同作はアルバム『Marina』の布石とも言える内容で、シリアスかつ幻想的な作風はここで確立された。
彼女がこの時期に、フォルクスワーゲンやレブロンといった大手企業のCMソングで歌声を披露していることにも注目しておきたい。特に、ロバート・パーマーによる85年の全米1位ヒット“Addicted To Love”をカヴァーしたレブロンのCMは、日本でもよく聴くことができた。また、深い夜の物語をテーマにした人気ミックス・シリーズ〈Late Night Tales〉のボノボ監修編(2013年作)では、〈メロウ&オーガニック〉の旗印のもと、新鋭から大御所まで絶妙な選曲が続くなか、冒頭で紹介した楽曲“Gigantic”がクライマックスに抜擢されて話題となった。
キャット・パワー&ラナ・デル・レイ譲りの
アンニュイでパーソナルな作風の『Marina』
古くは2008年頃に作られたナンバーも収録するなど、長い月日をかけて完成したファースト・アルバム『Marina』は、エディー・フロントにとって記念碑的な一枚となった。“Gigantic”など先のEPに収録された人気曲に新規ミックス/マスタリングが施されたほか、初出のナンバーもこれまでより豊かになったプロダクションに支えられ、ダーク&メルヘンチックな音世界を生み出している。彼女がかつてタワーレコードで手に取り、魅了されたというキャット・パワー『Moon Pix』(98年)にも通じる、アンニュイかつパーソナルな作風も特筆すべき点だろう。深いリヴァーブのかかったピアノを情感豊かに弾き語る“Elevator”や、ノイジーなギターの上でたゆたうように歌う“Dream In B”など、サウンド面にもその影響は明らかだ。
憂いを帯びた歌声や気怠いムードは、マジー・スターやビーチ・ハウスのようなサイケデリック・フォーク/ドリーム・ポップと並べて語ることもできそうだ。また、残響を活かした浮遊感に溢れる音作りは、ジュリアナ・バーウィックやグルーパーなど神々しいドローン・フォークを奏でる才女たちを彷彿とさせる。それに加えて、長年疎遠だった父親がヴァイオリンで参加しているのも『Marina』のトピックであり、チェロを交えた弦の響きとピアノの透き通った音色が重なることで、ポスト・クラシカル勢に通じる厳かなサウンドを獲得している。
また、“Prayer”におけるヴィブラフォンの音処理にも顕著だが、歌声のエコーや楽器の鳴り、その奥にうっすら聴こえるヒスノイズに至るまで、細かい表現にこだわった名人芸も光る。ミックスを担当したのは、ソニック・ユース関連やカート・ヴァイルらを手掛け、最近ではナダ・サーフの新作にも携わったジョン・アグネロによるもの。あえて作り込まずラフに着崩し、宅録のような手触りを残すことで、失恋の怒りや悲しみをテーマとしたアルバムのストーリーに強い説得力をもたらしている。
作品に寄せる形で、エディー・フロントは〈感情を曝け出すことを恐れないでほしい〉と語っているが、深い闇を覗いてきた彼女だからこそ、生々しい傷跡が目に浮かびそうなリリックと、さまざまな後悔を包み込むファンタスティックな曲調を同居させることができるのだろう。ラナ・デル・レイが“Video Games”を2011年に発表したあと、R&B/ヒップホップの要素を切り捨て、オーセンティックなシンガー・ソングライター作品をめざしていたら、『Marina』のような作品に仕上がったのかもしれない。
ライヴ・パフォーマンスも一級品、
規格外のポテンシャルを見せる才女の展望
エディー・フロントのInstagramを眺めると、ジェニー・ヴァルやココロジーといった、エクスペリメンタル・シーンで活躍する女性アーティストの作品をお気に入りに挙げている。かくいう彼女も、ゴッドモードという地下レーベルのオーナーと結成したジョイア(Gioia)なるユニットで、暴走するハーシュ・ノイズと共に不穏に歌い上げた過激なナンバー“Circling”を先月公開したばかり。ショウビズなCM仕事からアンダーグラウンドの最先端まで対応するマルチな活動ぶりも、新世代ならではだ。
ミュージシャンとしての活動歴も長いだけに、ライヴの実力も折り紙付き。ピアノと歌のみによる“Texas”のパフォーマンス映像では、イノセンス・ミッションを想起させる親密で内省的なムードに引き込まれてしまう。さらに、ギターとドラム・パッドによる2人編成のライヴ・セットも披露しており、こちらではダークな世界観が一層際立っている。日本でコンピューター・マジックをブレイクさせた東京のレーベル、Tugboatが何年も前からコンタクトし続けてきたというだけあり、規格外のポテンシャルを見せつける彼女。近い将来の初来日にも期待しつつ、これからの活躍を見守っていきたい。