
90年代に米NYの地下シーンで活動を始め、いまやインディーロック/オルタナティブロックのカルチャーアイコンとして後進に影響を与える存在になった〈女王〉、キャット・パワー=ショーン・マーシャル。彼女は、シンガーソングライターであると同時にカバーの名手としても知られる。そんなキャット・パワーの3作目のカバーアルバム『Covers』の発表をきっかけに、今回は音楽ライターの清水祐也(Monchicon!)が彼女のデビュー以降の変化について、音楽評論家の渡辺亨が本作のカバーの意義について綴った。
なお、ショーン・マーシャル(Chan Marshall)のカタカナ表記について、本作から〈シャーン・マーシャル〉に改められたが、本稿では英語の発音に則って〈ショーン・マーシャル〉に統一している。 *Mikiki編集部

キャット・パワーの音楽はカバーアルバムを句読点として大胆な変化を遂げてきた
by 清水祐也
つい先日50歳の誕生日を迎えた、キャット・パワーことショーン・マーシャル。ちなみにキャット・パワーというのはもともとショーンが組んでいたバンドの名前で、猫ではなく、彼女がたまたま見かけたオッサンが被っていた、ディーゼル・エンジンで知られるキャタピラー社の帽子のロゴが由来である。
南部バプティスト教会員だった祖母の影響で、幼い頃からゴスペルやカントリーに慣れ親しんでいたというショーン。20歳になると、ボーイフレンドと親友の死を契機にNYにやってきた彼女は、リズ・フェアの前座を務めていたところをソニック・ユースのドラマーだったスティーヴ・シェリーに見出され、彼とギタリストのトム・フロヤーンをバックに迎えた『Dear Sir』(95年)、『Myra Lee』(96年)という2枚のアルバムを立て続けにリリース。当時の恋人だったビル・キャラハンのカバーを含む『What Would The Community Think』(96年)でマタドールと契約すると、オーストラリアのロックバンド、ダーティ・スリーのメンバーと録音した『Moon Pix』(98年)で、一躍ブレイクを果たすことになる。
次作への期待が高まる中、自分自身への興味を逸らしたかったというショーンは、ここで初のカバー集となる『The Covers Record』(2000年)をリリース。ストーンズやディラン、ヴェルヴェット・アンダーグランドといった定番に始まって、モビー・グレープやマイケル・ハーレーといったカルトヒーローたちの楽曲を含む本作でルーツに立ち返ると、その後もこうしたカバーアルバムは彼女のライフワークとなっていく。
そして2003年には、5年ぶりのオリジナル作となる『You Are Free』をリリース。カバーアルバムをフェイバリットに挙げていたフー・ファイターズのデイヴ・グロールやパール・ジャムのエディ・ヴェダーが参加し、ニルヴァーナのカート・コバーンについて歌った“I Don’t Blame You”で始まる本作は、いつになくオルタナティブなロックサウンドになっていたが、その反動からか2006年の『The Greatest』では一転、アル・グリーンのバックで知られるティーニー&リロイ・ホッジス兄弟を迎え、テネシー州メンフィスのアーデント・スタジオ録音に挑戦。この2枚の傑作で評価を揺るぎないものにしたショーンは、翌年ウォン・カーウァイ監督の映画「マイ・ブルー・ベリー・ナイツ」で女優デビューを果たすと、2008年には2枚目のカバーアルバムとなる『Jukebox』をリリースし、しばしの休止期間に入ることになる。
そんな彼女がブランクを破った2012年の『Sun』は、フランスのハウスデュオであるカシアスのフィリップ・ズダールがミックスを手掛け、エレクトロニックなサウンドを導入した驚きの作品。特にイギー・ポップをゲストボーカルに迎えた“Nothin’ But Time”は、デヴィッド・ボウイの““Heroes””へのオマージュとも言える、10分にも及ぶ大作になっていた。さらに2018年にはラナ・デル・レイや、ドニー・トランペットことニコ・シーガルも参加したドミノ移籍第1弾アルバム『Wanderer』をリリース。
そして2019年に亡くなった祖母との思い出が詰まった3枚目のカバーアルバム『Covers』が先日リリースされたわけだが、そこにはロッククラシックだけではなく、フランク・オーシャンやラナ・デル・レイ、俳優のライアン・ゴスリングによるデッド・マンズ・ボーンズなど、同時代のアーティストの楽曲が増えていたのが印象的だ。かつては上の世代のアーティストたちからのバックアップで世に出てきた彼女が、現在はシャロン・ヴァン・エッテンやジュリアン・ベイカーといった若い世代のアーティストたちにとって、理想的なロールモデルになっているのは感慨深い。
こうして見ると、マタドールからデビュー後のキャット・パワーの音楽性は、常にカバーアルバムをひとつの句読点として、大胆な変化を遂げてきたことがわかる。今後の彼女の活動を読み解く上でも、『Covers』は重要な作品になるだろう。
ニコのカバー“These Days”とセルフカバー“Unhate”が示す楽曲の変化や成長
by 渡辺 亨
元ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコのニコと、ジャクソン・ブラウン。この60年代後期のNYのアンダーグラウンド・シーンの伝説的ミューズと、70年代以降の米ウェストコーストロック屈指のシンガーソングライターは、およそ交わりそうにない存在だ。ところが、67年10月にリリースされたニコの初ソロアルバム『Chelsea Girl』には、当時は無名だったジャクソン・ブラウンが単独で作った曲が2曲収録されており、しかも彼は前記の2曲を含む計5曲でギターを弾いている。
キャット・パワーの新作『Covers』には、『Chelsea Girl』に収録されているジャクソンの2曲のうちの1曲“These Days”が取り上げられている。
ジャクソン・ブラウンは67年当時、“These Days”のデモテープをNYのとある音楽出版社に預け、楽曲の管理を委託していた。ニコの“These Days”は、このデモに基づいている。ジャクソン自身のバージョンは、ニコから約6年後の73年10月にリリースされたセカンドアルバム『For Everyman』でやっと世に出た。この間、“These Days”はニッティ・グリッティ・ダート・バンドやトム・ラッシュ等にカバーされた。
“These Days”は、ジャクソンが16歳のときに作った曲だそうだから、64〜65年頃に作られたことになる。もともとの“These Days”は、思春期の少年が経験した喪失および後悔の歌だ。が、後にジャクソンは曲の一部を省略し、なおかつ最後のバースの〈Don’t confront me with my failures / I had not forgotten them〉という一節を、〈Please don’t confront me with my failures / I’m aware of them〉と書き換えた。青年になった彼は、自分が置かれた状況を諦観することを止め、前向きな気持ちで生きていく決意を最後のバースに込めたのだ。グレッグ・オールマンは、『Laid Back』でこの一部が改変されたバージョンを録音し、73年10月にリリースした。ほぼ同時にリリースされた『For Everyman』に収録されている作者バージョンは、主にアレンジの面で、グレッグのバージョンにインスパイアされたことをジャクソン自身が認めている。
72年にアトランタで生まれたキャット・パワーことショーン・マーシャルが、いつ頃、どんなきっかけで“These Days”を知ったのかは分からない。ただ、彼女の“These Days”は、フィンガーピッキングによるギターから始まる点からしても、ニコのバージョンを参考にしたと思われる。が、その一方で、ニコのバージョンと違って、小編成のストリングスは取り入れられておらず、ごく簡素なアレンジでまとめられている。
〈楽曲〉は変化し、成長し、場合によっては進化する。“These Days”は前述したように、その過程を辿った楽曲の一例だが、優れたカバーも、同列のものとして捉えていいだろう。その意味で、『Covers』には非常に興味深い曲が1曲収められている。それは、2曲目の“Unhate”。キャット・パワーの『The Greatest』(2006年)に収録されている彼女の自作曲“Hate”のセルフカバーだ。
“Hate”は自己嫌悪の歌で、自殺がほのめかされている。対して、現在のキャット・パワーの視点で歌詞が書き変えられた“Unhate”は、自分の人生を諦めずに生きていくことの大切さが歌われた曲になっている。こんな“Unhate”と“These Days”が、同じ『Covers』に収められている。僕としては、このことに大きな意義を感じずにはいられない。
RELEASE INFORMATION

リリース日:2022年1月14日
■国内盤CD
品番:BRC687
価格:2,420円(税込)
解説・歌詞対訳封入/ボーナストラック追加収録
■輸入盤CD
品番:WIGCD469
価格:2,490円(税込)
■限定盤LP(ゴールドヴァイナル)
品番:WIGLP469X
価格:4,390円(税込)
■輸入盤LP
品番:WIGLP469
価格:4,090円(税込)
TRACKLIST
1. Bad Religion
2. Unhate
3. Pa Pa Power
4. White Mustang
5. A Pair Of Brown Eyes
6. Against The Wind
7. Endless Sea
8. These Days
9. It Wasn’t God Who Made Honky Tonk Angels
10. I Had A Dream Joe
11. Here Comes A Regular
12. I’ll Be Seeing You
13. You Got The Silver [Bonus Track]

