Photo by Mario Sorrenti

90年代に米NYの地下シーンで活動を始め、いまやインディーロック/オルタナティブロックのカルチャーアイコンとして後進に影響を与える存在になった〈女王〉、キャット・パワー=ショーン・マーシャル。彼女は、シンガーソングライターであると同時にカバーの名手としても知られる。そんなキャット・パワーの3作目のカバーアルバム『Covers』の発表をきっかけに、今回は音楽ライターの清水祐也(Monchicon!)が彼女のデビュー以降の変化について、音楽評論家の渡辺亨が本作のカバーの意義について綴った。

なお、ショーン・マーシャル(Chan Marshall)のカタカナ表記について、本作から〈シャーン・マーシャル〉に改められたが、本稿では英語の発音に則って〈ショーン・マーシャル〉に統一している。 *Mikiki編集部

CAT POWER 『Covers』 Domino/BEAT(2022)

 

キャット・パワーの音楽はカバーアルバムを句読点として大胆な変化を遂げてきた
by 清水祐也

つい先日50歳の誕生日を迎えた、キャット・パワーことショーン・マーシャル。ちなみにキャット・パワーというのはもともとショーンが組んでいたバンドの名前で、猫ではなく、彼女がたまたま見かけたオッサンが被っていた、ディーゼル・エンジンで知られるキャタピラー社の帽子のロゴが由来である。

南部バプティスト教会員だった祖母の影響で、幼い頃からゴスペルやカントリーに慣れ親しんでいたというショーン。20歳になると、ボーイフレンドと親友の死を契機にNYにやってきた彼女は、リズ・フェアの前座を務めていたところをソニック・ユースのドラマーだったスティーヴ・シェリーに見出され、彼とギタリストのトム・フロヤーンをバックに迎えた『Dear Sir』(95年)、『Myra Lee』(96年)という2枚のアルバムを立て続けにリリース。当時の恋人だったビル・キャラハンのカバーを含む『What Would The Community Think』(96年)でマタドールと契約すると、オーストラリアのロックバンド、ダーティ・スリーのメンバーと録音した『Moon Pix』(98年)で、一躍ブレイクを果たすことになる。

98年作『Moon Pix』収録曲“Metal Heart”

次作への期待が高まる中、自分自身への興味を逸らしたかったというショーンは、ここで初のカバー集となる『The Covers Record』(2000年)をリリース。ストーンズやディラン、ヴェルヴェット・アンダーグランドといった定番に始まって、モビー・グレープやマイケル・ハーレーといったカルトヒーローたちの楽曲を含む本作でルーツに立ち返ると、その後もこうしたカバーアルバムは彼女のライフワークとなっていく。

2000年作『The Covers Record』収録曲“Sea Of Love”。フィル・フィリップスのカバーで、2007年の映画「JUNO/ジュノ」で使用された

そして2003年には、5年ぶりのオリジナル作となる『You Are Free』をリリース。カバーアルバムをフェイバリットに挙げていたフー・ファイターズのデイヴ・グロールやパール・ジャムのエディ・ヴェダーが参加し、ニルヴァーナのカート・コバーンについて歌った“I Don’t Blame You”で始まる本作は、いつになくオルタナティブなロックサウンドになっていたが、その反動からか2006年の『The Greatest』では一転、アル・グリーンのバックで知られるティーニー&リロイ・ホッジス兄弟を迎え、テネシー州メンフィスのアーデント・スタジオ録音に挑戦。この2枚の傑作で評価を揺るぎないものにしたショーンは、翌年ウォン・カーウァイ監督の映画「マイ・ブルー・ベリー・ナイツ」で女優デビューを果たすと、2008年には2枚目のカバーアルバムとなる『Jukebox』をリリースし、しばしの休止期間に入ることになる。

2003年作『You Are Free』収録曲“I Don’t Blame You”

2006年作『The Greatest』収録曲“Lived In Bars”

そんな彼女がブランクを破った2012年の『Sun』は、フランスのハウスデュオであるカシアスのフィリップ・ズダールがミックスを手掛け、エレクトロニックなサウンドを導入した驚きの作品。特にイギー・ポップをゲストボーカルに迎えた“Nothin’ But Time”は、デヴィッド・ボウイの““Heroes””へのオマージュとも言える、10分にも及ぶ大作になっていた。さらに2018年にはラナ・デル・レイや、ドニー・トランペットことニコ・シーガルも参加したドミノ移籍第1弾アルバム『Wanderer』をリリース。

2012年作『Sun』収録曲“Nothin’ But Time”

そして2019年に亡くなった祖母との思い出が詰まった3枚目のカバーアルバム『Covers』が先日リリースされたわけだが、そこにはロッククラシックだけではなく、フランク・オーシャンやラナ・デル・レイ、俳優のライアン・ゴスリングによるデッド・マンズ・ボーンズなど、同時代のアーティストの楽曲が増えていたのが印象的だ。かつては上の世代のアーティストたちからのバックアップで世に出てきた彼女が、現在はシャロン・ヴァン・エッテンやジュリアン・ベイカーといった若い世代のアーティストたちにとって、理想的なロールモデルになっているのは感慨深い。

『Covers』収録曲“Pa Pa Power”。デッド・マンズ・ボーンズのカバー

こうして見ると、マタドールからデビュー後のキャット・パワーの音楽性は、常にカバーアルバムをひとつの句読点として、大胆な変化を遂げてきたことがわかる。今後の彼女の活動を読み解く上でも、『Covers』は重要な作品になるだろう。