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ウェス・アンダーソン監督が愛してやまないフレンチ・ポップス《愛しのアリーヌ》を劇中で歌い、アルバムまで出してしまったジャーヴィス・コッカーが、監督とフランス文化愛を語る

 映画の舞台は、20世紀フランスの架空の街にある「フレンチ・ディスパッチ」誌の編集部。一癖も二癖もある才能豊かな記者たちが活躍し、国際問題からアート、ファッションから美食に至るまで深く斬り込んだ唯一無二の記事で人気を獲得している。ところが、編集長が仕事中に急死、遺言によって廃刊が決まってしまう。果たして、何が飛び出すか分からない追悼号にして最終号の、思いがけないほどおかしく、泣ける、その全貌とは?

 若き理想主義者たちがたまり場にしているフランスの架空の街アンニュイ・シュール・ブラゼのカフェ・サン・ブラグ。ジュークボックスから流れてくる何かを探し求める男の絶叫は、革命のBGMでもあることが分かってくる。その《愛しのアリーヌ》はフランス人なら誰でも耳なじみがある曲である。国民的歌手クリストフは、1965年に初録音したこの自身の大看板曲で一夜にしてスター街道を走りだした。しかし、この映画の主題歌であるこの曲のバージョンのクレジットは、ティップトップという正体不明の人物の名前になっている。この人物を演じ、歌唱もしたのは、イギリスのミュージシャンであるジャーヴィス・コッカーである。

 そしてなんと、ジャーヴィスが歌う《愛しのアリーヌ》は『Chansons d’Ennui Tip-Top』という企画アルバムとしてリリースされることになった。《愛しのアリーヌ》の他には、フランソワーズ・アルディが初録音した《バラのほほえみ》、セルジュ・ゲンズブールが書き、ブリジット・バルドーが最初に歌った《コンタクト》、ダリダとアラン・ドロンの《あまい囁き》 、ジャック・デュトロンが元歌の《Les Gens Sont Fous, Les Temps Sont Flous(原題)》などが収録されている。

 このアルバムとティップトップのコンセプトは、アンダーソンとコッカーというふたりのフランス愛好者が崇めるその音楽と文化への賞賛である。この映画が世界初公開されるカンヌ映画祭に集まったふたりが、長年の交友関係、フレンチポップスの哲学、映画の小道具だったレコードジャケットが本物のアルバムになった経緯などを振り返る。

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──おふたりの出会いを教えて下さい。

ウェス・アンダーソン(以下 WA ):最初にジャーヴィスと会ったのは、ロンドンで開かれた『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』のパーティーのときでした。あれから、もう約20年になりますね。それからヴェルサイユで開かれた『マリー・アントワネット』のパーティーで再会しました。当時、お互いにパリに住んでいました。そこで打ち解けて、私は『ファンタスティック Mr. FOX』の撮影に入ったのですが、その映画に歌手役での出演をジャーヴィスに依頼しました。その映画用の曲も書いてくれました。

ジャーヴィス・コッカー(以下 JC ): 『天才マックスの世界』を観て、そのサントラに心を惹かれました。映画での音楽の使いかたが素晴らしいと思ったのです。そして劇伴も秀逸だと思ったら、なんとマーク・マザーズボウが起用されていたのです。ディーヴォのメンバーで、子供のころ大好きなバンドでした。さらには、たしかディーヴォの《ガット・フィーリング》という曲を何かの映画で……

 WA 『ライフ・アクアティック』で使いました。

 JC  その曲は、パルプがバンドとして始まったころ、練習していた曲のひとつでした。たった5つのコードしかない曲でしたが、演奏するのがとても楽しかったです。そこから、音楽的にどんどん進化していったことは感慨深いです。それで、監督に親近感がすぐわきました。音楽の趣味が似ている気がしました。

──音楽、そしてフランス文化への共通した愛情。やはり、おふたりともフランスに住んでいたからでしょうか。

 JC  そうだと思います。この映画の曲「《愛しのアリーヌ》は監督のお気に入りのフレンチポップスですが、実は監督から聴かされるまで知りませんでした。ずっとフランスの音楽に強く惹かれていましたが、主にセルジュ・ゲンズブールやジャック・デュトロンなどの音楽を聴いていました。ですから、この映画のスピンオフ企画として、架空の人気歌手ティップトップのアルバムを、その歌手人生を妄想しながら、製作することにしました。この企画により、思いがけず、本当に長いあいだ慣れ親しんできたフランスの曲を自分で演奏する機会ができました。敬意のこもったカヴァーアルバムにしたいと思いました。とても楽しく製作できました。ロックダウンという状況もあり、作業に没頭しました。

──アルバム収録曲はどうやって選びましたか?

 JC  思いつくままに選びました。好きな曲を気ままに選びました。例えば、フランソワーズ・アルディの 《バラのほほえみ》が入っています。この曲は、まだシェフィールドに住んでいた、自宅を離れて間もないころに、ガラクタ屋で見つけたフランソワーズ・アルディのアルバムの中で発見しました。英語で歌っていますけどね。ずっとこの曲が好きでした。とても悲劇的な歌でした。庭にたたずむ女性はバラと会話をします。バラはこう言います。「この庭でいちばん美しい花は私。でも、明日、私は枯れる。」本当にそのとおりのことが起きます。
 フランスの音楽のそうした部分が好きです。ポップスでありながら、深いところがあります。アングロサクソン系のポップスが目もくれないテーマに触れます。ずっと聴いてきたこうした歌を自分なりに表現できる機会ができたことをうれしく思いました。

 WA  今回のカンヌ映画祭でこの映画が、レオス・カラックスの映画と同時に初上映されたことは、不思議な偶然でした。先ほど、フレンチポップスの歌詞には、過剰な詩情や抽象性の傾向があるとお話されていましたが、この映画に出てくるそうした場面の発想の元は、レオス・カラックスからきているからです。ティモシー・シャラメとリナ・クードリがオートバイに乗ってあれこれしでかす場面で、シャラメが書いている詩はこのような詩です。これこそ、レオス・カラックスやジャン=ジャック・ベネックスへのオマージュです。いわゆる「シネマ・デュ・ルック」期の雰囲気です。製作のコッポラと私は、当時のフランスが湛えていた10代の、抒情的な、ロックンロールのエネルギーをこのストーリーに注入することに意識的でした。

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──なぜフレンチポップスには、こうした比喩や心象表現が特に顕著なのでしょうか?

 JC  理由は分かりませんが、ロックとポップスはフランスにとって輸入品であることと関係しているかもしれません。こうした音楽はアメリカとイギリスで生まれ、世界に広がりました。フランスだけでなく、世界の多くの国が輸入しました。次第に誰もが「なぜお金を出してこんなものを輸入してるんだ? 自分たちでつくろうじゃないか。」と考えたのだと思います。それで、もともとシャンソンなどの伝統曲を書いていた人たちは、ポップスに詞をつけるときに、どうしても曲に深みや色合いが出るようにしたいと思ったのではないでしょうか。〽ビーバップルーラ あのコはオレのカノジョ、で済ませるわけにはいかなかったのでしょう。

 WA  ランボーやボードレールが体に沁み込んでいますからね。

 JC  そうですね。私の息子は昨年パリで学校を終えたのですが、まる1年、哲学の年もありました。このような授業には長い歴史があります。フランスの学校ではどこでも、人生に関する概念や思索が標準的な教育科目の一部となっています。アメリカやイギリスと大きく異なる部分です。息子が学校に通っているころは、「今週は誰を勉強してる?」と聞くと、「ヘーゲルだよ。」などと言うのです。それで少しヘーゲルを読んでみたりしました。私には難しかったですが、これから学校を卒業して社会に出ようとする人にとって、人生の意義について難しい概念を理解することは……つまり、子供の頭に、人生とは思い悩む価値がある、という知識が入るだけでも、大変すばらしいことです。

──その年頃が、哲学を吸収する絶好の時期かもしれませんね。

 WA  柔軟性のあるころですからね。ヘーゲルを読んだ記憶はありますが、何ひとつ思い出せません。ヘーゲルについて何の説明もできません。

 JC  堅い内容ですから。本腰を入れないと理解できません(笑)。

 


ウェス・アンダーソン  Wes Anderson
映画監督・脚本家。1969年テキサス州ヒューストン生まれ。テキサス大学オースティン校で哲学を学ぶ。この大学で俳優のオーウェン・ウィルソンと出会い、映画の共同制作を始める。『アンソニーのハッピーモーテル』で長編映画の監督デビュー。2001年に発表した『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』でオーウェン・ウィルソンと共にアカデミー脚本賞にノミネートされるなど、「ハリウッドでもっとも次回作を期待されている監督のひとり」とされる。以後、発表する作品は高い評価を得、全世界のファンを喜ばせている。

 


ジャーヴィス・コッカ―  Jarvis Cocker
1963年イギリス・シェフィールド生まれ。15歳でバンド「アラベスク・パルプ」を結成し、その後「パルプ」と改名。1983年にアルバム『It』でインディーズ・デビューした後、1994年のアルバム『彼のモノ 彼女のモノ』でメジャー・デビューを果たした。2002年「パルプ」解散後はパリに移住。2007年、ソロ・デビュー・アルバム『ジャーヴィス』をリリース。2010年より現在に至るまで、BBCチャンネル6のラジオ番組「Jarvis Cocker's Sunday Service」のDJを担当。クラシックにも造詣が深い。

 


CINEMA INFORMATION

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』
原題:THE FRENCH DISPATCH of The Liberty, Kansas Evening Sun
監督:ウェス・アンダーソン
原案:ロマン・コッポラ
音楽:アレクサンドル・デスプラ
美術:アダム・ストックハウゼン
出演:ベニチオ・デル・トロ/エイドリアン・ブロディ/ティルダ・スウィントン/レア・セドゥ/ フランシス・マクドーマンド/ティモシー・シャラメ/リナ・クードリ/ジェフリー・ライト/マチュー・アマルリック/ スティーヴン・パーク/ビル・マーレイ/オーウェン・ウィルソン/ほか
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン(2021年 アメリカ 118分)
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◎2022/1/28(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開!
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