田中亮太「Mikiki編集部の田中と天野がこの一週間に海外シーンで発表された楽曲から必聴の5曲を紹介する連載〈Pop Style Now〉。先週のポップ・シーンの話題といえば、〈メットガラ〉じゃないですか?」
天野龍太郎「ニューヨーク・メトロポリタン美術館が開催してるファッション展覧会およびパーティーですね。僕はフランク・オーシャンが撮った写真がすっごくいいなと思いました。写真は『ヴォーグ』のサイトで見られます。実は2017年にも撮ってるんですよね。彼が使ってるコンタックスT3ってフィルム・カメラが欲しいんですけど、超高くて……」
田中「今回はテーマが〈キャンプ〉ということで例年以上にエキセントリックな装いが多くて楽しかったですよね。エズラ・ミラーの7つ目メイクにはビックリしました。話は変わりますが、僕からはちょっとしたオススメ動画を紹介しますね。先週の〈The Tonight Show Starring Jimmy Fallon〉にザ・フーが出演していて、番組のハウス・バンドと一緒にトイ楽器で名曲“Won't Get Fooled Again”を演奏しているんですけど、その映像が良くて。最後にウクレレをぶっ壊すピート・タウンゼントが最高です」
天野「ふーん。後で観てみます。それでは今週のプレイリストと〈Song Of The Week〉から!」
Tyler, The Creator “EARFQUAKE”
Song Of The Week
田中「〈SOTW〉はタイラー・ザ・クリエイターの“EARFQUAKE”! 先週リリースされた話題作『IGOR』に収録されています」
天野「タイラーのことはもはや説明不要かもしれませんが、フランク・オーシャンやインターネット、アール・スウェットシャツなんかを輩出したLAのコレクティヴ、オッド・フューチャーの中心にいたラッパーです。前作『Flower Boy』(2017年)も大傑作でしたね」
田中「僕も愛聴していました。ポップでユーモラスなタッチを残しつつ、心の奥底へと深く深く潜っていくような作風がドツボで。〈ミカンくん〉ことレックス・オレンジ・カウンティやカリ・ウチスをいち早く起用していたりと、音楽オタクならではの慧眼っぷりも見事でしたよね」
天野「ラップとインディー・ロックの垣根を崩すような人選がフランク・オーシャンにも似てます。で、『IGOR』も前作に並ぶ素晴らしさじゃないかなと。とにかくプロダクションがリッチで作り込まれてて、初期のミックステープ時代から考えると遠くまで来たもんだなあと。日本では“GONE, GONE / THANK YOU”で山下達郎の“FRAGILE”(98年)をサンプリングしてることも注目されましたね」
田中「この“EARFQUAKE”はアルバムのなかでも屈指のエモーショナルな楽曲。(元)恋人が自分に与えた動揺や悲しみを、地震(=earthquake)に喩えた失恋ナンバーですね」
天野「〈去っていかないで、私の過ちだから〉ってリフレインが泣けます……。ちなみにこのラインでソウルフルな低音ヴォーカルを響かせてるのは、あのギャップ・バンドのシンガー、チャーリー・ウィルソンです!」
田中「タイラーもこの曲ではファルセット気味に歌っていますね。僕は彼の太い声が好きなので、アルバムでラップ・パートが少ないのはちょっと残念だったのですが……。ちなみにプレイボーイ・カーティも客演しています」
天野「ファットなシンセサイザーの折り重なりが実にメランコリックですが、同時にダンサブルでもある。チャンス・ザ・ラッパーやカニエの高揚感に溢れたゴスペル・フィールとは正反対の内省的なムードとユーモアは健在ですね」
田中「哀感と生々しいファンクネスの共存という点で、アルバムはムーディーマン的だなとも感じたんですよね。飛躍しすぎかもしれませんけど……。ともあれ『IGOR』は必聴の一作です」
Lana Del Rey “Doin' Time”
天野「2曲目はラナ・デル・レイの“Doin' Time”。パンク×レゲエなサウンドで人気を博したミクスチャー・バンド、サブライムが96年にリリースした楽曲のカヴァーですね。サブライムについては、去年〈GREENROOM FESTIVAL〉で来日したときに山口智男さんに書いていただいたコラムがかなり詳しいので、ぜひそちらをご覧ください」
田中「もともとサブライムのほうもジョージ・ガーシュイン作、オペラ『ポギーとベス』の作中歌として知られる“Summertime”が下敷きになっていたわけで、今回のラナのヴァージョンは〈Summertime孫版〉とでも言えそう」
天野「カヴァーの報を見たときは〈えっ、ラナ・デル・レイがサブライム!?〉と驚きましたが、いざ曲を聴くとしっかりハマってますよね。レイドバックしたムードを継承しつつ、彼女らしいムーディーな歌い口とサウンドに仕上げてて、見事だと思います。サブライムのドキュメンタリー映画のためのカヴァーとのことですが、この曲の何かがラナのちょっと歪んだ感性にしっくりきたんでしょうね」
田中「〈Summertime〉と言いつつ太陽や海を一切感じさせないクールさ。ラナが歌うと一気にゴスな楽曲になるのがすごいです(笑)」
天野「サウンドの冷ややかさはブリストルのトリップホップとかイギリスのダブとかに近い印象です。とはいえ、プロダクションを手掛けたアンドリュー・ワットとハッピー・ペレズはアメリカのメインストリームで活躍する売れっ子なんですけどね」
田中「ペレズはアリアナ・グランデの近作なんかも手掛けているんですね。実はホールジーの最新曲にもクレジットされていて……」
Halsey “Nightmare”
天野「そんなわけでハッピー・ペレズがプロデューサーに名を連ねてるホールジーの新曲“Nightmare”です。彼女は24歳のシンガー・ソングライターで、2015年のデビュー以降ヒットを飛ばし続けてる、いまや押しも押されもせぬポップスターですね」
田中「ホールジーといえば、チェインスモーカーズのスマッシュ・ヒット“Closer”(2016年)ですよね。最近はBTS(防弾少年団)の新曲“작은 것들을 위한 시(Boy With Luv)”にも参加してて、かなり話題を呼んでました。でも、彼女はなんでこんなに人気なんでしょうね?」
天野「僕は歌詞だと思うんですよね。歌詞サイト〈Genius〉のランキングをよく見るんですが、ホールジーが新曲を出すと必ず1位とか2位とかに入ってます。いまもタイラーの新曲群に混じって“Nightmare”が3位ですね。『bounce』のインタヴューではフェミニズムについて言及してますけど、歌詞にはそういう女性としての強さや女性に向けたエンパワメントが込められてる一方で、同時に壊れやすさや繊細さ、憂うつや悲しみなども巧みに表現してると思います」
田中「この曲も自分のファンである若い女性たちについての曲だと公言してますしね。〈あなたたちからインスパイアされたわけじゃない。この曲はあなたたたちについてのもの〉と」
天野「感動的なステートメントですよね。〈自分の肌を2本の指で摘まんでみた/ハサミで身体の一部を切り取りたいって思った〉というリリックからは、ステレオタイプな美の基準に悩まされる現代の女性の憂うつを感じます。ブリッジ部分は〈ねえ、リトル・レディー、笑ってよ〉という呼びかけに対して〈冗談じゃない、あんたたちなんかにスマイルはあげない〉というような歌詞。見た目のかわいさ、美しさばかりが求められ、モノ扱いされることにノーを突きつけてるとも言えそう」
田中「そんな歌詞がグランジ風のヘヴィーなポップ・サウンドに乗せて歌われていると。“New Americana”(2015年)という曲には〈ノトーリアス・B.I.G.とニルヴァーナをよみがえらせる/私たちは新しいアメリカーナ〉という歌詞がありますが、まさにその両面を女性の視点から表現してるように思えます」
天野「あと、自殺防止運動や性暴力の被害者の支援活動にも関わってますし、すごく真面目なアーティストでいいなあと。とことんディプレッシヴなビリー・アイリッシュと共に、新しい女性シンガーの時代を築いていく存在だと感じますね」
Baroness “Throw Me An Anchor”
天野「4曲目は米ジョージア州サバンナ出身のヘヴィー・メタル・バンド、バロネスの新曲“Throw Me An Anchor”です。6月14日(金)リリースのニュー・アルバム『Gold & Grey』からのシングルとなってます」
田中「〈PSN〉でメタルを紹介するのは久しぶりですね」
天野「紹介したいとは思ってるんですが、連載コンセプトの〈ポップ〉に合わせるとなかなか突き抜けた存在や曲でないと難しくて。で、肝心のバロネスですが、結成16年なのでキャリアは長く、シーン的には中堅と言っていいと思います」
田中「ドゥーム・メタルの影響下にあるスラッジと、プログレッシヴ・ロック的な音楽性が特徴で、ファースト・アルバムの『Red Album』(2007年)以降、テーマ・カラーが決まった作品を発表してますね。その完成度の高さから、〈Pitchfork〉や〈Stereogum〉のような比較的インディー寄りのメディアからも信頼が厚いという」
天野「毎回ヴォーカルのジョン・ベイズリーが描いてるカヴァー・アートも個性的。そういう点でもコンセプトや物語性、統一感、世界観を大事にしてるバンドです。ただ、彼らは2012年にツアー中、事故に遭って大怪我を負ってしまったんです。悲劇によるメンバー交代もあり、そこが転換点となってます」
田中「その後復活を遂げ、現在も活動中と。“Shock Me”(2015年)という曲はグラミー賞にもノミネートされましたし、本当に評価が高いですよね。サウンドもヘヴィーだったり、エクストリームだったりしすぎない美しさや軽妙さが素晴らしくて。曲によってはコーラスやギターの音色がクイーンっぽい瞬間もあります」
天野「あとはプロッグ的な構築美がかっこいいんですよね。とにかく僕は新作『Gold & Grey』が待ち遠しいです!」
JARV IS... “Must I Evolve?”
天野「最後はジャーヴ・イズの“Must I Evolve?”。〈もっとも英国らしい〉と言っても言い過ぎでないバンド、パルプのフロントマンとして知られるジャーヴィス・コッカーの新バンドだそうで」
田中「〈進化しなきゃいけないのかい?〉ってタイトルがジャーヴィスらしいですね。パルプ時代からポップ音楽を使って英国の階級社会や気質を風刺してきた彼ならでは」
天野「パルプって言ったら、“Common People”(95年)ですよね! 階級の違う男女同士の恋を歌った、掛け値なしのクラシックです。新曲に話を戻すと、ジャーヴィスが〈Must I evolve?〉〈Must I change?〉と歌ったあとコーラス隊が間髪入れずに〈Yes, yes, yes, yes〉と呼応するオペラ的な構成もユニークです。加えてジャーマン・ロック風のビートが焦燥感を煽ってきます。それにしても、今回はいったい何に対して問題提起してるんですか?」
田中「本人から明示されているわけではないですが、ジャーヴィスが今年の3月にブライアン・イーノやピーター・ガブリエルらと英ラジオ局、BBC 3の番組改編に際してステートメントを出したこともあり、それについてではないかと推測されていますね。なにやらジャズやエクスペリメンタル、ワールド・ミュージックなどを流す番組が大幅に減らされたみたいなんです」
天野「なるほど。楽曲の随所で彼独特の語り口調の歌い回しが出てくるんですが、ビッグ・バンから生命の誕生、さらに人間が文明を築く過程を語ったうえで、最終的にはレイヴの光景を歌ってます。レイヴで終わるっていうのがなんとも英国的ですが、カルチャーがどんな礎の上に立っているかを伝えてるんですかね。なので、サビの詞は明らかに皮肉ですよね」
田中「それをふまえると〈進化しなきゃいけないの?〉という問いかけ自体もダブル・ミーニングなのかなと思うし、こうした言葉使いの巧みさはさすがブリット・ポップきっての知性です。バンドの今後の動きも含めて、追っていきたいです」