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不完全な人間味

 研ぎ澄まされた美しいサウンドを耳にすると、おとぎの国の夢物語かと思うかもしれないが、決してそういうわけではない。確かに動物や大自然などを引き合いにされることが多く、天地や星座、神様などをモチーフとする彼女の歌詞は一見ファンタジー映画のようではあるけれど、その奥には社会や世界情勢、権力などに対する洞察や、人類を俯瞰するかのような批判の目が宿っている。巷に恋愛ソングが溢れるなか、2020年5月に発表した“Exist For Love”を彼女は〈初めて作ったラヴソング〉と紹介し、「私が愛について曲を書くとは考えてもみなかった」とコメント。おそらく彼女の育った環境下では、人間も自然の一部でしかなかったからではないかと思うのだが、いかに彼女がユニークな存在かを窺い知れるエピソードのひとつではないかと思う。

AURORA 『The Gods We Can Touch』 Decca/ユニバーサル(2022)

 そして完成した2年半ぶり3作目のアルバム『The Gods We Can Touch』なのだが、ここではギリシャ神話の神々がテーマとなっている。収録曲はそれぞれギリシャ神話に出てくる神々に着想を得たもので、例えば先述の“Exist For Love”は美と愛の女神アフロディーテが、コレオ・ダンスを披露するMVが話題のポップ・チューン“Cure For Me”は癒しを司る女神パナケイアが、“Artemis”はもちろん狩猟や月の女神アルテミスが題材だ。オーロラいわく「古代の神々は〈完全なる不完全〉だった。人間味があって、手が届きそうな存在として描かれていた」というわけで、〈私たちの手が届く神々〉を意味するタイトルがアルバムには付けられている。つまり彼女の見解を要約するなら、〈古代の神々があんなふうに不完全で自由奔放だったのだから、現代の我々だってもっと自由に生きていいのでは?〉といったところだろうか。人々を縛り付けようとする宗教観や、自由を奪う社会の仕組み、性への偏見、人種差別など、なぜ人間はこんなに個々の〈らしさ〉を押さえ込もうとして、違いを受け入れることができないのかという疑問は、近頃盛んに唱えられている多様性やインクルーシヴの思想とも呼応する。

 コロナ禍にあっては日本のファンのために配信ライヴを行ったり、2021年9月の〈SUPERSONIC〉では何とか来日も果たしてくれたオーロラ。そんななか、突然リヴァイヴァル・ヒットとなったのが彼女の“Runaway”だ。この曲に合わせてポージングをしながら、背景を異国や秘境にいるかのように変換できるフィルターを使った動画をアップするのがTikTokなどで大人気となり、彼女自身も参戦した。旅行はできないけれど、そのフィルターを使えばどこか遠くへ〈逃避〉したかのような気分になれる。そんな不思議なマジックは、もちろん今回の『The Gods We Can Touch』にも秘められている。彼女の声を聴くだけで遥か彼方へ旅立てるという人も多いのではないだろうか。 *村上ひさし

オーロラの作品。
左から、2016年作『All My Demons Greeting Me As A Friend』(Decca)、2020年の日本盤『Infections Of A Different Kind Of Human』(Decca/ユニバーサル)

 

オーロラが参加した作品を一部紹介。
左から、トラヴィスの2016年作『Everything At Once』(Red Telephone Box)、2019年のサントラ『Frozen II』(Walt Disney)、2020年のサントラ『The Secret Garden』(Decca)