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Photo by Alexa Viscius

“Time Escaping”の奇抜なアイデアを凝らした摩訶不思議なサウンド

アルバムの最初の4曲はそれぞれ違うスタジオ、違うエンジニアで録られた曲が並んでいるので、それを追っていこう。2曲目の“Time Escaping”はロスアンジェルスの北に位置するエコー・パークのファイブ・スター・スタジオで、ショーン・エヴァレットとともに制作。ショーン・エヴァレットはアラバマ・シェイクスの『Sound & Color』(2015年)を手掛けて名を挙げた当代きっての売れっ子エンジニアだ。

『Dragon New Warm Mountain I Believe In You』収録曲“Time Escaping”

飾り気のない“Change”とは一転して、“Time Escaping”では奇抜なアイデアを凝らしたサウンドが展開する。左右に振り分けられた2本のギターがスティールドラムのようなパーカッシブなサウンドを奏でる。これはギターのブリッジ付近に紙を挟んで演奏したもので、古くはボニー・レイットの71年の傑作アルバム『Give It Up』中の“You Told Me Baby”という曲で、ギタリストのジョン・ホールが披露している。ビッグ・シーフのギタリスト、バック・ミークもそのあたりにヒントを得ている可能性はありそうだ。

ボニー・レイットの71年作『Give It Up』収録曲“You Told Me Baby”

ただし、“Time Escaping”の2本のギターはアコースティックな感触もあるのに乱暴に歪んでもいる。僕が聴いて思い起こしたのはコンゴのコノノNo. 1のサウンドだった。コノノNo. 1は民俗楽器のリケンベ(コンゴの親指ピアノ)にコンタクトマイクを取り付け、アンプで増幅して、トランシーなサウンドを生み出していた。

コノノNo. 1の2005年作『Congotronics』収録曲“Lufuala Ndonga”

“Time Escaping”でショーン・エヴァレットはミークの弾くオールド・マーチンとレンカーの弾くナショナルのリゾネイターに、ヘッドフォンをコンタクトマイク代わりに取り付けて、音を拾ったのだそうだ。そして、何らかの方法でそれを歪ませ、摩訶不思議なサウンドを生み出した。エヴァレットはアルバム中の4曲を手掛けているが、いずれも歪んだ音やくぐもった音を効果的に使っている。エンジニアの遊び心が発揮されたこの4曲が、アルバム中でも強烈なアクセントとなっている。

 

“Spud Infinity”のカントリーフィーリングに聴く新生面

3曲目の“Spud Infinity”はアリゾナ州トゥーソンのプレス・オン・スタジオ録音。ドクター・ドッグのシンガー/ギタリスト、スコット・マクミッケンのホームスタジオだが、そこでビッグ・シーフは新生面を見せている。かねてから親交のあるマット・ダヴィッドソンをゲストに、カントリーフィーリング溢れる曲を聴かせるのだ。

『Dragon New Warm Mountain I Believe In You』収録曲“Spud Infinity”

ダヴィッドソンのソロプロジェクト、トウェインも同スタジオを拠点にしている。フィドル、スティールギター、ピアノなどを演奏し、ボーカルも取るダヴィッドソンはビッグ・シーフの5番目のメンバーといってもいい活躍ぶりだ。そして、このアリゾナ・セッションでは、レンカーの歌声もこれまでとは違った表情を持つ。インディーロック的なニュアンスよりも、エミルー・ハリスなどを思わせる、清楚で落ち着いたカントリーフィーリングが香る。

 

“Certainty”のインディー的DIY精神

4曲目の“Certainty”はニューヨーク州ウェスト・ショカンのフライング・クラウズ・レコーディングでの録音。ニューヨークといってもマンハッタン島からは100キロ以上も北に位置する森の中のスタジオで、シンガーソングライターのサム・エヴィアンが所有する。同スタジオでの5曲のセッションでエンジニアを務めたのもエヴィアンだ。

『Dragon New Warm Mountain I Believe In You』収録曲“Certainty”

“Certainty”のシンプルなサウンドは、“Change”に似た志向性も感じられるが、手触りはよりオーガニックで暖かい。録音には8トラックのテープレコーダーが使用されたそうだ。最もインディー的なDIY精神を感じさせるのが、このフライング・クラウズ・レコーディングでの5曲のセッションと言ってもいい。これまでのビッグ・シーフにはないオールドタイミーな雰囲気が感じられたりもする。