仮想世界を舞台に美しい音楽と映像で描き出す、成長と救済の物語

細田守, 中村佳穂 『竜とそばかすの姫』 バップ(2022)

 日本のアニメーションを代表する監督として、海外からも注目を集める細田守監督。昨年7月に公開されて大ヒットを記録した最新作「竜とそばかすの姫」は、現実世界と仮想世界を舞台に、思春期の成長、家族の絆、友情など、細田作品の魅力が詰め込まれている。

 ヒロインは高知の田舎町に住む女子高生、すず。子供の頃に母を失った彼女は、それ以来、大好きだった歌が歌えなくなり、父との間に溝が生まれていた。そんなある日、すずはインターネットの仮想世界、〈U〉に〈ベル〉というアバターで参加する。すずはベルとしてなら自然に歌うことができた。その歌は〈U〉で評判になり、ベルは歌姫として世界中の注目を集めることになる。そして、ベルのコンサートが開かれた時、そこに〈U〉の自警団に追われた〈竜〉が現れる。

 すず/ベルを演じたのはミュージシャンの中村佳穂。声優は初挑戦だが、テクニックに頼らない表情豊かな演技は、田舎に暮らす10代の少女のキャラクターにぴったりだ。そして、何より素晴らしいのはベルとして歌う時の表現力だ。ベルが歌う主題歌“U”の作詞作曲を手掛けたのはmillennium paradeの常田大希。マーチング・バンドのように壮大でパーカッシヴなサウンドにのって、中村は複雑なメロディを自由自在に歌いあげる。中村以外に考えられないほど、見事なキャスティングだ。

 〈U〉のアイドルのベルと嫌われ者の竜。その関係は「美女と野獣」をモチーフにしていて、ベルは竜の隠れた優しさに触れて彼に近づいていくが、そこで生まれるのは愛ではない。ベルというアバターを演じることで自分を取り戻していくすずは、自分と同じように竜が苦しみを抱えていることに気づく。そして、彼女はネット社会に渦巻く匿名の悪意に向き合いながら、なんとか竜を救おうとする。本作は自分の問題で手一杯だったすずが、誰かのために動き始める成長と救済の物語だ。そこには愛する人の死をどう乗り越えるのか、という大きな問題も横たわっている。

 そして、そんな物語をドラマティックに描き出すヴィジュアルも見どころが満載だ。ディズニー作品に関わってきたジン・キムがデザインしたベルのキャラクターは魅力的で、CGと手描きを融合させた独特の質感の映像は、現実とネット社会を行き来する物語にフィットしている。また本作ではシネマスコープの画面サイズを使用していて、その横長の画面の利点を活かした〈U〉の世界でのスペクタクルな映像に圧倒される。進化するアニメの表現を楽しむうえでも本作は見逃せない。