盟友2人とのBLUE NOTE TOKYO初リーダー公演
WONKのメンバーとしてのみならず、millennium paradeやKing Gnu、米津玄師など様々なアーティスト/プロジェクトのレコーディングやライブに参加している音楽家・江﨑文武のソロライブが2024年3月31日、BLUE NOTE TOKYOにて開催された。江﨑がBLUE NOTE TOKYOでリーダー公演を行うのはこれが初。会場にはその晴れ舞台を一目見ようと多くの人が駆けつけていた。
この日は昼夜2部制で、僕が観たのは昼の部。定刻となり、常田俊太郎(ヴァイオリン)と村岡苑子(チェロ)を率いてステージに現れた江﨑。昨年5月にリリースした自身初のソロアルバム『はじまりの夜』のレコーディングはもちろん、これまで様々な場面で共演してきた3人はもはや〈盟友どうし〉といえる関係性だ。手早く調律を済ませ、まずはその『はじまりの夜』でもオープニングを飾る“薄暮”からこの日のライブはスタート。スポットライトに照らされた江﨑によるグランドピアノの独奏で、ノスタルジックなその旋律がフロアに響き渡る。
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ソロ作『はじまりの夜』の世界に染まる会場
続く“帷”では、どこかエンニオ・モリコーネを彷彿とさせるメランコリックなメロディを、ビンテージのエレクトリックピアノが優しく解きほぐす。ゆっくりとしたその揺らぎはまるで月光に照らされた湖面のようだ。やがて常田のヴァイオリンと村岡のチェロが優しく重り、ドラマティックな展開を経て再び静寂へ戻る頃には、会場はすっかりアルバムの世界に染まっていた。
エリック・サティの“ジムノペディ”やドビュッシーの“月の光”を思わせる冒頭から、セクションごとに景色を変えていく“夜想”に身を委ねていると、まるで一遍の映画を観ているような充実感に満たされる。かと思えば、音源では角銅真実の歌をフィーチャーした“抱影”では、江﨑によるミニマルなアルペジオの上を、常田のヴァイオリンと村岡のチェロが寄り添ったり離れたりしながらゆったりと弧を描く。シンプルな繰り返しのようで、気づけば波打ち際から沖へと流されてしまったような、心細さと安息感が同居したような不思議な気持ちにさせられた。
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時にオリエンタル、時にサイケデリックにアルバムを再現
ここまでノンストップで演奏され、どうやら『はじまりの夜』を丸ごと再現するつもりなのだな、と僕を含め周りも気づき始めている様子。アルバムのコンセプトとなった、谷崎潤一郎の随筆集のタイトルをそのまま拝借した“陰翳礼讃”は、どこかオリエンタルな音階が郷愁を誘う。音源では松丸契とコラボした“果敢無い光線”では、ピアノの上に置かれたシンセサイザーで江﨑がアンビエントなサウンドを発し、それに常田と村岡がエフェクティブなプレイで応じる。ゆったりとしたテンポで徐々に温度を上げていくそのサイケデリックなアンサンブルは、どこかザ・ビートルズの“I Am The Walrus”にも通じるものがあった。
チェロとピアノのユニゾンが心地よい倍音を生み出した“常夜燈”を経て、音源では手嶌葵がボーカル参加した“きょうの空にまるい月”へ。絵本作家・荒井良二が2016年に発表した同名絵本に感銘を受けて作られたというこの曲は、江﨑のルーツでもある童話や唱歌のエッセンスを受け継いだ、素朴で普遍的なメロディが胸を打つ。“果敢無い光線”同様、繰り返しのフレーズが心地よい“薄光”、濃密な夜が明け清々しい太陽に照らされるような“明日のぬくもり”とアルバム全曲を演奏し終わると、ようやく立ち上がり客席に向かって深く礼をする江﨑を、大きな歓声と拍手が包み込んだ。