坂本慎太郎が実に6年ぶりとなるソロアルバム『物語のように』をリリースする。
2011年のファーストアルバム『幻とのつきあい方』以来、時代にただよう空気感をいち早くかつ巧みにすくい上げ、ときにディストピア的とも評される音楽を作ってきた坂本だが、今回の新作は、それら一連の作品と比べると、かなり質感を異にしているようだ。
様々な批評的な眼差し付けをひき寄せてきた〈トピカル〉な過去作を経て、このようにのっぴきならない社会状況へと達してしまった今久々にリリースする新作なのだから、さぞ重厚で〈真面目〉な音楽を聴かせてくれるのだろうと身構えていた私からすると、ちょっと拍子抜けするくらいに〈明るく〉〈穏やか〉なアルバムに聴こえるのだった。
だからといって、当然ここにはただ溌剌とした音楽が漠然と集められているのではない。その楽しげな音楽の背後で歴史的に蓄積されてきたものが、ここで鳴らされる音楽を通じて再びぼうっと蘇ってくるような、そんな感覚にとらわれる。
単純なレトロスペクティブでも、〈バックトゥルーツ〉でもなく、様々な音楽の〈型〉の豊かさを、今再び賦活すること。音や言葉のフォルムをじっくりと味わうことでのみ、ポップスの輝きに今再び目を細め、突き抜けるようなビートの快感にもう一度身を委ねることができるのかもしれない。本作『物語のように』は、今現在の閉塞感にさいなまれるものたちへと平等に開かれた、ちょっとおかしい寓話への誘いである。
閉塞感が強まった状況で突き抜ける、スカッとした音楽をやりたかった
――今回のアルバムはいつ頃から構想を始めたんでしょうか?
「2016年の『できれば愛を』を出してから、デモテープみたいなのは作り始めたんですけど、なかなか時間がかかりそうだったので、間にシングルを出したり色々やってた感じですね。
その時期からライブをやるようになったので、リハーサルとかで作業が中断しちゃうんですよ。海外でライブしたりフェスに出たりして3年を過ごしてたら、その後コロナ禍になって。2022年まであっという間でした」
――初期のソロ作にあったディストピア的な感覚が抑えられて、むしろ穏やかさが前面に出ている気がして。正直驚きました。
「とにかく、この数年で世の中の閉塞感が更に強まっているのを感じていて、それを突き抜けるようなものをやりたいなっていう思いがずっとあって。真面目に考え込んでいるものより、〈明るい〉っていうとちょっと違うかもしれないけど、スカッとした音楽をやりたかったんです」
――世の中が実際に閉塞してくると、自分の音楽はその逆を行きたくなるってことなんですかね。
「いろんなものに耐えきれなくなってきていて。こういう状況の中で歌詞のある音楽をやるっていうとき、何を歌えばいいのか結構真剣に悩みましたね。しっくりくるものを見つけるまでに時間がかかっちゃったというのもあります」
――ついには戦争まで起こってしまい、余計シリアスな情勢になってしまって。
「2月頃はすでにミックス作業の段階だったので、戦争の状況が直接曲に反映されているということはないですけどね。ただ、雰囲気的にはもっと煮詰まってきているのを感じます」
――そうすると、このアルバムのスカッとした感覚はある種の救いにも感じられるというか。“君には時間がある”や“悲しい用事”に代表されるように、ロックンロールや黄金期ポップスの小気味よさみたいなものが再度浮かび上がっている気もして。
「今回は、自分がかっこいいと思うギターをちゃんと弾いて、フレッシュなロックンロールの感じを出したいなと思って。今こそそういうのを自分で聴きたいなと思ったんです」