トレンドに左右されない居場所
杉山は以前、とあるインタヴューで〈KANの“愛は勝つ”を聴いたとき、時代の変化を感じた〉といったようなことを語っている。“愛は勝つ”は、90年9月にリリースされ、91年の年間チャートで3位となった大ヒット曲。確かに90年代に入ると、歌詞の世界においてイマジナティヴな音楽よりも心象風景、心の内面に重きを置いたヒット曲が多くなっていた。新進のシンガー・ソングライターが次々と台頭していったのも、そういった背景があってのことだろう。杉山もそう感じた頃が、これまでのキャリアのなかでもっとも踏ん張り時だったのではないだろうか。
そんな時期と前後して、杉山はハワイに居を構え、日本とハワイを往き来する生活をはじめる。この頃、趣味でボディボードをはじめ、その〈息抜き〉が結果的に音楽制作にも大きく影響した。楽曲作りで思い悩んでいたものが吹っ切れ、自身の原点である〈海〉を歌っていけばよいのだと。オメガトライブ期から〈海〉〈夏〉をテーマにさまざまな情景を歌ってきた杉山だが、そもそも横浜生まれの横浜育ち。海は身近なもので、潮風の香りも、夏が終わって人影がまばらになっていく砂浜も、ハーバーライトも、身近な距離のなかで育ってきた。等身大で、シンガーとして誰でもが体現できるものでもない世界観、そこに改めてアーティスト・杉山清貴の居場所を見つけたのである。
92年の企画盤『island afternoon』(2010年、2014年にフル・アルバムで続編がリリース)はそういった気分が顕著に表れた作品で、ハワイアンAORの代表であるカラパナのメンバーを迎えてハワイでレコーディング。レゲエ・ビートに乗った“HAWAIIAN ISLAND STYLE”を冒頭に、思いっきりオーシャンムードを全開にし、これが好評を得た。以降も“夏服 最後の日”(92年)、“Livin’ in a Paradise”(93年)、“僕のシャツを着てなさい”(94年)、“永遠の夏に抱かれて”(95年)……トレンドに左右されない豊潤なバンド・サウンドと、夏や海を背景にした爽快なメロディー、歌声で、唯一無二の世界観を揺るがぬものとしていった。以前のようなシングル・ヒットこそ生まれなかったものの、その一貫したスタイルで杉山はコンスタントにキャリアを積み重ねていく。ライヴ・パフォーマンスに目を向けてみても、88年から始まった野外ライヴ〈High & High〉が96年から日比谷野音で定例化(現在も継続中)。アコースティック・セット、ライヴハウス・ツアー、はたまたハワイのハイアット・リージェンシーでカウントダウン・ライヴを(2001年から3年連続で)開催するなど、そのスタイルもより自由に広がりを見せていった。
2002年には、久々に林哲司と組んだシングル“Wishing Your Love”を発表。あの頃、林のサウンドでヴォーカリストとして覚醒していった杉山と、オメガトライブのプロジェクトによって作家としての名とスキルを高めていった林とのコラボは、その後、2009年の“Glory Love”(こちらは杉山と林の共作曲)を経て2011年に『KIYOTAKA SUGIYAMA MEETS TETSUJI HAYASHI REUNITED』として結実。原点回帰ムードということでもなく、時を経て改めて、2人のマッチングの良さを感じさせてくれる作品だった。
2000年代半ば以降、AORやシティ・ポップのみならず80年代的なサウンドに改めてスポットが当たり、なかばスタンダード化していく流れも起きたなかで、杉山の軌跡が掘り起こされる機会も増えた。そういったムードに呼ばれてか、2004年2月には杉山清貴&オメガトライブを再結成して東名阪ツアーを行い、2018年5月には杉山の恒例野外イヴェント〈High & High〉を杉山清貴&オメガトライブ名義で開催。近年はほぼ年イチペースでソロ・アルバムを発表し、現時点での最新作『Rainbow Planet』(2020年)では29年ぶりにアルバム・チャートのTOP10入りを果たした。過去も現在も飛び越えて、昔も今も変わらぬ燦めきをその歌、歌声から放ち続ける杉山はまだまだ、ネヴァー・エンディングな夏の物語を綴り続けていく。
最新ライヴBD『SUGIYAMA KIYOTAKA Band Tour 2021 Solo Debut 35th Anniversary』(キング)