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子供との生活と小さな部屋が生んだ〈ちょっと世界を拡張する音楽〉

――おそらくその変化にもうひとつの要因を加えるなら、2019年に生まれたお子さんの存在も大きかったのではないかと思うんですけど。

「めっちゃ要因になってると思います。『脱皮』を出したときはまだ子供が0歳で、当時〈何か変わりましたか?〉と訊かれても、正直わからなかったんです。でも今はもう3歳になって、保育園の送り迎えをしたり、子供のための生活リズムになっていて。そうなったときに、音楽で自分自身を表現するのであれば、子供のことが当然含まれる。

『脱皮』は自分が中高生の頃に抱いていたモヤッとした感情を掘り起こして、当時消化できなかったその感情を音楽に乗せて叫びたい、みたいな気持ちがあったんですけど、実際アルバムにしたことで過去のことを消化できた感じがして、これから作る音楽は何かが変わってくるかもっていう感覚が当時からあったんです。そのときはどう変わるかまでは全く考えてなかったんですけど……それから2年が経って、こういう表現になりましたね」

――プロフィールの文章には〈子守唄〉というワードが出てきますが、もともと子守唄を作るようなイメージがあったのでしょうか?

「プロフィール文はMONO NO AWAREやMIZをやってる(玉置)周啓くんが書いてくれたんです。MIZのプロフィールがめちゃくちゃ秀逸で、俺もこういうのを書いてほしいと思ってお願いして、もともと自分の中に〈子守唄〉というワードがあったわけではないんですけど、文章を読んだら〈まさにそうだな〉と思ったので、使わせてもらいました」

――お子さんが生まれて、普段聴く音楽には変化がありましたか?

「それはあんまり変わらなくて……父親としてはよくないかもしれないけど、普通に家でナイン・インチ・ネイルズとかかけてます。めちゃくちゃ硬いキックがダンダンダンって(笑)」

――ある意味、英才教育ですね(笑)。でもじゃあ、今回のEPを作るにあたっては、〈子供のベッドルームのための音楽〉みたいな意識はそこまでなかったわけですね。

「そうですね。影響みたいな話で言うと、1年半前くらいから奥さんのアトリエ兼作業部屋を住んでる家とは別で借りて、そこに小っちゃい自宅スタジオ的なものを作ったんですよ。そこに籠って音楽を作ると、周りから遮断された中で作ってる感覚になって、インスピレーションの湧き方が変わった気がします。せっかくソロだし、自分以上のものを無理に出さなくてもいいわけで、この小っちゃい部屋から、ちょっと世界が拡張されるような音楽というか……〈ベッドルーム〉って言っちゃうと、部屋の中の絵が浮かぶと思うんですけど、〈部屋は部屋なんだけど、その壁が全部宇宙〉みたいな(笑)、そんな感じの音楽にしたいっていうのは思ってました」

――バンドメンバーでもあるAAAMYYYはソロだといろんな人とコラボレーションをしながら楽曲を作ってますよね。でも夏樹くんの場合は、ソロだと基本的に一人で完結させたい願望がある?

「テーム・インパラとかトロ・イ・モアとか、もともと一人で始めてるような人が好きなんですよね。だから、すごい音楽じゃなくてもいいというか、その人の日記みたいな、パーソナルな部分が見える音楽のほうにより惹かれるから、自分もソロをやるならそういうことがしたいっていうのがずっとあります。〈ギターの音を入れたい〉ってなったら、〈誰に頼もうか〉じゃなくて〈自分で弾くか〉ってなるし、すごいギターじゃなくてもよくて、自分の持ってる力以上のものを作品に乗せたくないっていうのはずっとあるかもしれない。

Tempalayでは普段から個のエネルギーをバチバチぶつけ合うみたいなことをやってるから、それをずっとやってるのも疲れちゃうんで(笑)。もちろん、それにはそれの素晴らしさがあるんですけど、ソロはまったく別の、自分の表現に挑戦したい気持ちが強いですね」

 

〈これ曲になるんじゃないかな〉という軽い気持ち

――実際に楽曲を作るにあたって、インスピレーション源となったアーティストや作品はありますか?

「Tempalayを始めた2014年くらいからホームシェイクやジェリー・ペーパーとかがずっと好きなので、影響はあると思います。アナログシンセが大好きで、〈シンセがメンバー〉みたいな音楽が好き(笑)。

ホームシェイクの2017年作『Fresh Air』収録曲“Every Single Thing”

ただ、今回は〈こういう音楽が作りたい〉というよりは、好きな楽器を触ってるうちに、〈これ曲になるんじゃないかな〉みたいな感じで作っていったので……すごい軽い気持ちで作ってます(笑)。さっきも言ったように、〈すごい曲を作ろう〉とか〈アッと言わせるような曲を作ろう〉という気持ちじゃなくて、〈このフレーズ、気持ちいいから曲にしちゃおう〉みたいな、そういう感覚。マック・デマルコの脱力感とかにも影響を受けてると思うから、自分でもそういうのができればなって」

――音楽的なコンセプトみたいなものはあまりなかったと。

「音はそんなに増やしたくないとは思ってました。重ねれば重ねるほど、最初に自分がいいと思った音が埋もれてしまう。音が少なければ少ないほど、ひとつひとつの音の輪郭が感じられるので、そういう意味でも、あまり音を増やし過ぎないっていうのは自分に課してましたね。

順番で言うと、最初に“おっこちてく”ができたんですけど、この曲はまだちょっとJohn Natsukiっぽいというか、コードとかもめんどくさいことになってて……」

『pure?』収録曲“おっこちてく”

――他は基本シンプルなループですもんね。

「“おっこちてく”だけ〈同じ展開がニ度と来ない〉みたいな感じ(笑)。でも他の曲を作った上で、やっぱりこの曲も入れたいと思ったので、歌い方やアレンジをちょっと変えて、入れることにしたんです」

――資料には〈アンビエント〉というワードも出てきますが、実際にアンビエントや環境音楽からの影響はありましたか?

「普段プレイリストとかで流して聴いてるのは、半分くらい歌の入ってない音楽なんです。たとえば、ニルス・フラームみたいなピアノだけの音楽も好きだし、あと一時期ハマったのがボーズ・オブ・カナダで、あの感じに歌を乗せるのもやってみたい。あと今はちょっとビートに疲れてる感じもあるから、今回の曲はライブだと弾き語りでもいいかなと思ったりもしていて。

これを作ってるときにジョック・ストラップもめっちゃ聴いてたんですけど、プロフェットと歌だけでライブをやっていて、あのスタイルはめちゃめちゃかっこいいなと思いました」

ジョックストラップの2020年のライブ動画