約9年ぶりの電子音楽アルバムで聴かせる破壊的だが甘美な音響世界
音楽家の渋谷慶一郎による、2022年4月公開の映画「ホリック xxxHOLiC」(蜷川実花監督)のサウンドトラック・アルバムである。映画音楽としては、複数の賞を受賞した2020年公開の映画「ミッドナイトスワン」(内田英治監督)以来約1年半ぶりの作品だ。前作では一部楽曲を除いてソロ・ピアノのアコースティックな響きが中心だったが、今作では生の器楽音は一切使用しておらず、ソフトウェア・シンセサイザーおよびアナログ・シンセサイザーを駆使した電子音楽作品に仕上がっている。渋谷による電子音楽が中心のアルバムというのも2013年にリリースされたボーカロイド・オペラ「THE END」のサウンドトラック以来、約9年ぶりとなる。
アブストラクトな電子ノイズから幕を開ける本作は、蜷川実花の極彩色の世界と共振するように、破壊的だが甘美な電子音、過激だが耳を包み込むように柔らかなノイズ、あるいは琴やチェンバロ、オルガンなどを思わせる器楽的サウンド、シンセサイザー・ヴォイスおよび客演した仏教音楽・声明の演奏家である藤原栄善の声を交えつつ、色彩豊かな音響世界を構築する。まるで環境音楽のようなミニマルでアンビエントな響きからダンサブルなビート・ミュージック、さらに渋谷流のエモーショナルなメロディまで、異なるタイプの音楽がありながら統一感を失わないのは、盟友・evalaがサウンド・デザインを手がけた映画内で重要な要素となる〈アヤカシ〉のノイズがたびたび出現することに加え、Kiri Stensbyのミキシング、そしてArcaのアルバムでも活躍するEnyang Urbiksのマスタリングによるところも少なくないだろう。
立体的な空間の中で不定形な雲が蠢いているような音でもある。もとは映画のサウンドトラックとして、単なるBGMではなく映像と緊密に連携する響きとして制作されている以上、アルバムは別の新たな作品だと言っていい。そして渋谷慶一郎の近年の活動を振り返るとわかるように、映画にせよオペラにせよ、このように複合的なものを出発点として生み出された音楽に新鮮な音の可能性が宿っていることを、今作でもあらためて知らしめた。