オノセイゲンを迎え、パリのシャトレ座でのソロ公演を録音
渋谷慶一郎のピアノ・ソロによる作品の奇跡を辿るに外す事の出来ないアルバムとして2009年に発表された『for maria』がある。この作品は渋谷の普遍的な楽曲としての強度(この作品の楽曲を相対性理論とのコラボで実現した《アワーミュージック》でも確認出来る)と音響的精度を突き詰めた、かつて無いピアノ・ソロ作品に仕上げられた。それまではカッティングエッジな電子音楽作品で知られて来た渋谷であっただけにこの作品は最大の衝撃をもって迎えられた。
ATAKでは自身の作品を始め、高橋悠治とのコラボ、goemや刀根康尚まで素晴らしい作品が揃っていたが、その特徴の1つに無機的かつ優れたデザインのアートワークがあった。『for maria』ではジャケットに初めて渋谷の姿がある事で、デジタルからアナログへ、音響から旋律へ。様々な転換点を示してもいた。
今回の新作はピアノ・ソロのまた別の究極点を示している。初音ミクのボーカロイドオペラ『THE END』を上演し、大喝采を浴びたパリのシャトレ座にて開催されたコンサートを収録したライヴ作品で、『THE END』のピアノとコンピュータによるミクなしバージョン、渋谷が音楽を担当した『SPEC』、杉本博司とのコラボといった楽曲を演奏している。
メロディ・メーカーとしての才は例えば東浩紀とのミク曲《イニシエーション》等でも遺憾なく発揮して来た。また上記のATAKでのリリースや、自身の電子音楽作品で聴く事の出来るエクスペリメンタルな唯一無二の試みと徹底的な音響的強度は広く知られるところだ。今回の最新作はそういった奇跡を辿って来た渋谷だからこそ成し得たライヴ作品だ。通常ライヴ作品がオリジナル・アルバムのアナザー・ヴァージョンを収めたものとすると、渋谷の今回の作品はベクトルを異にする。DSDのオーソリティー、オノセイゲンを迎えライヴである事が信じられない程の、高解像度な音像によるピアノとエレクトロニクスの交錯、融合を記録している点も特筆すべきであろう。