提供:新国立劇場

音楽、ストーリー、ダンス、セノグラフィ――オペラという形式の未来を想像させる、ひととアンドロイドの共生空間

2021年8月20日、新国立劇場オペラパレスで開催された「Super Angels スーパーエンジェル」のゲネプロに足をはこんだ。企画そのものは昨年開催予定だったがコロナ禍で順延。私は作曲家の渋谷慶一郎に伝え聞いた作品の概要になみなみならぬ興味をいだいていただけに、延期にはホゾを噛む思いだったが、おあずけを喰っているあいだも期待はおさまることをしらず、その日はうだるような暑さだったのに、小躍りしながら初台駅の改札をくぐったのだった。

空調のきいた会場に入るとステージ上には建造物の内部のようにも小高い山のようにみえる舞台美術がしつらえてあった。担当するのは欧州を拠点にローザスなどのカンパニーとの仕事でも注目を集めるセノグラファーの針生康で、指揮と総合プロデュースをつとめる大野和士とは、数年前藤倉大の師匠筋でもあるジョージ・ベンジャミンの現代オペラ「リトゥン・オン・スキン」でも共演歴がある。たしかあの作品も天使が出てきたはず。その点で「スーパーエンジェル」を想起するが、「スーパーエンジェル」に登場する5人の天使たちはどちらかといえば象徴的な位相で物語に遍在する役割をになっていることがのちに判明する。

提供:新国立劇場

台本はオペラにも造詣の深い作家の島田雅彦の手になる。その1幕6場からなるあらすじをおさらいすると、全知能AIマザーの支配する近未来の管理社会で、不適格者となったアキラが送致先の開拓地で教育係のアンドロイド〈ゴーレム3〉やAIドクターのエリカとの出会いと交流のなかで成長する物語とでもいえばよいだろうか。物語の土台には正統と異端、自由と論理、秩序と混沌、古代と未来、生と死、さらにいえば0と1という二進法的(と量子論的)な暗喩もふくめた二元論的な図式があり、その弁証法的なはたらきが物語の力感となっていた。アキラ役の藤木大地は心理的な成長譚でもあるこの物語を、繊細さから力強さまで、多彩な楽想で作品世界に奥行きをもたらすものだった。エリカ役の三宅理恵との関係の変化や、敵役の成田博之との対比など、オペラ的な見所も多かったが、映像や舞台装置、それらと一体化した新国立劇場バレエ団の舞踊シーンも印象的だった。

提供:新国立劇場

渋谷慶一郎の音楽はコンテンポラリーなオーケストラ曲から弦のリフレインをいかしたロック~ポップスより楽曲まで、多彩な楽想で作品世界に奥行きをもたらしていた。本作には児童合唱と、視覚や聴覚に障害をもつ子どもたちによるホワイトハンドコーラス(手歌)のメンバーが参加しているが、彼らの合唱パートで渋谷は耳にのこる反復的な旋律を、子どもたちの歌声や身振りと効果的にかさねあわせ、強い印象をもたらすにいたった。

提供:新国立劇場

白眉はオルタ3(役名はゴーレム3)と藤木の共演場面であろうか。心をもたないアンドロイドと頭脳においてアンドロイドにはおよばない人間が、たがいに欠けている部分を補い合おうと手を伸ばし合う場面で、観客席にいた私はあたかもアキラの指先をとおして、ゴーレム3にふれた気さえしたのだった。この遠隔的な触知とでもいいたくなる感覚は仮想現実の拡張感覚とことなるなにか、かすかだがたしかに身体性が裏書きするなにかであり、オペラという形式の総合的虚構性ともあいまって、その来たるべき姿まであれこれと想像してしまうほどの潜勢力をおぼえたのだった。

提供:新国立劇場

 


EVENT INFORMATION
新制作 創作委嘱作品・世界初演
子どもたちとアンドロイドが創る新しいオペラ
「Super Angels スーパーエンジェル」

2021年8月21日、22日 東京・初台 新国立劇場 オペラパレス
総合プロデュース・指揮:大野和士
台本:島田雅彦
作曲:渋谷慶一郎
演出監修:小川絵梨子
総合舞台美術(装置・衣裳・照明・映像監督):針生康
映像:WEiRDCORE

■出演
ゴーレム3:オルタ3(Supported by mixi, Inc.)
アキラ:藤木大地
エリカ:三宅理恵
世田谷ジュニア合唱団
ホワイトハンドコーラスNIPPON ほか

https://www.nntt.jac.go.jp/opera/super_angels/