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小菅優のための“インパルス”、小菅がきっかけで生まれた“WHIM”――藤倉大が創る小菅優の世界

 藤倉大ほど、演奏家のパーソナリティを見抜く達人はいない。この作曲家は、ほとんどの場合、特定の演奏家を想定して作品を書く。しかも、その個性を太字強調した音楽を作りたがる。そのこだわりには、ときにフェティッシュささえ感じさせるくらいに。

小菅優, RYAN WIGGLESWORTH, THE BBC SYMPHONY ORCHESTRA 『藤倉大:ピアノ協奏曲第3番「インパルス」/WHIM ラヴェル:ピアノ協奏曲ト長調』 ソニー(2022)

 ピアノ協奏曲第3番“インパルス”は、小菅優が弾くことを想定して作曲された。音楽は、ピアノ独奏とオーケストラがいくつかのレイヤーを作り、それらが上下さまざまに移動していくかように始まる。ピアノは小刻みに波打ち、弦楽器はゆっくりした周期で動き、ときおり泡立ったような表情も聴かせる。

 “インパルス”というタイトルについて、「衝動的に感情や行動を引き起こすもの」と小菅は説く。感情の変化がピアノに表れた途端、波紋が広がり、弦楽器は大きく波立ち、木管や金管は激しい水しぶきをあげる。ピアノが低音連打で怒りのような表情を表わせば、金管が炎となって赤い光を放つ。高心拍を表わすかのような大太鼓の連打。パルスが飛び散っている。

 さまざまな楽器による重なりは緻密に響く。ただ、スペクトル楽派のように神経質さが先行するあまり、スタティックに聴こえることはない。つねに動的で、どこか肉感的なのが藤倉流だ。

 この曲の後に、ラヴェルのピアノ協奏曲を聴くと、動的なフレーズでの繊細さなど、小菅の個性がより堪能できるはずだ。第1楽章の再現部など、レイヤーの作りで藤倉作品とも共鳴し合う。第2楽章後半での上下動を繰り返すピアノの表情、強弱のニュアンスの豊かなこと。対話するコーラングレの旋律の下に潜ったり、上に顔を出したり、浮遊しているかのように自由自在。

 アルバム最後に収められた“WHIM”は、前述の藤倉のピアノ協奏曲からカデンツァだけを独奏用の作品として独立させたもの。弱音で32分音符をクリアに弾く小菅。重なり合った音色の効果で、エレキギターのように響く部分も。まさに彼女だけの世界だ。