
大友良英スペシャルビッグバンドが、6年半ぶりのフルアルバム『Stone Stone Stone』を新レーベル〈Little Stone Records〉からリリースした。
スペシャルビッグバンドは2013年にNHK連続テレビ小説「あまちゃん」の劇伴バンドとして始動。同年大晦日の「NHK紅白歌合戦」へと出場した後、〈あまちゃんスペシャルビッグバンド〉から現在のバンド名に変更し、これまで大友の劇伴や各地の盆踊り、音楽フェスティバルなどで活動を継続してきた。2015年には新宿ピットインでのライブを収録したアルバム『大友良英 SPECIAL BIG BAND LIVE AT SHINJUKU PIT INN』をリリースしている。
新作のスタジオ盤『Stone Stone Stone』では、映画やドラマの音楽をもとにした楽曲から、アストル・ピアソラやチャーリー・ヘイデンのカバー、さらにはエリック・ドルフィーを換骨奪胎した“Gallophy”までを収録。クリス・ピッツィオコスやセンヤワ(Senyawa)、FENのメンバーなど、海外からも多数のゲストを交え、約10年間にわたって活動してきたスペシャルビッグバンドの集大成と言っていい内容に仕上がっている。バンドの魅力やアルバム制作過程について、大友良英が語ったインタビューのロングバージョンをお届けする。
※このインタビューは2022年8月20日発行の「intoxicate vol.159」に掲載された記事の拡大版です
ジャズ系ミュージシャンが一人もいないスペシャルビッグバンド
――大友さんはこれまで、Ground-ZeroやFilament、ONJQ、FENなど、様々なバンド/プロジェクトで活動してきました。それぞれ異なるコンセプトや特徴がありましたが、スペシャルビッグバンドは大友さんにとってどのような位置付けにあるのでしょうか?
「一番変わった成り立ちかもしれないです。スペシャルビッグバンドはもともとコンセプトありきで始めたわけではなくて、『あまちゃん』の音楽をやるために結成したバンドでした。だから当初は劇伴が終わったら解散するつもりでいたんですが、『あまちゃん』がヒットしたおかげでコンサートやツアーをたくさんやることになって、そうするとバンドのサウンドができてきたんですね。それで解散するのはもったいない、もう少し続けてみたいと思うようになりました。
それに、スペシャルビッグバンドって実はジャズ系のミュージシャンが一人もいないんですよ。全員クラシックもしくはロックやポップスの出身で、そのジャズっ気のなさも新鮮でした。以前、ONJOというオーケストラで活動していたときに、〈ジャズ経験者以外の人を集めてジャズをやろう〉と考えたことがあったんですね。けれどそれがどこまで上手くいったのかは自分でも正直わからいまま解散してしまったので、その続きがスペシャルビッグバンドでできるかもしれないと思ったのもあります。
それで続けることにしたのですが、3.11の震災後のいろいろな活動の中で盆踊りをやるようになって、そしたらスペシャルビッグバンドが一番良かったんです。なのでしばらくは〈盆踊りをやるバンド〉となり、同時に、『あまちゃん』以降も劇伴のときに声をかけるようになって、その時々に応じていろいろな音楽をやるバンドみたいな位置付けになっていきました」
日本っぽくて訛った、ヘンなサウンド&グルーヴ
――スペシャルビッグバンドの〈バンドのサウンド〉の魅力はどのあたりに感じていますか?
「それまで僕が作ってきたバンドは自分で最初に方向性を大まかに決めていましたが、スペシャルビッグバンドはコンサートを重ねる中で独自のグルーヴ感みたいなものが生まれてきたので、要するに僕がコントロールせずにバンドサウンドが出来上がったんです。それがとても魅力的で、しかもなんだかヘンなんですよね。日本っぽいというか。
ジャズであれロックであれ、多くのミュージシャンは日本っぽい身体性をなんとかアメリカに寄せることで格好良さを作ってきたところがあったと思う。だけどスペシャルビッグバンドのメンバーは欧米音楽へのコンプレックスがないので、そういう憧れが全くビートに出てなくて、ポジティブな意味で訛っているというか。そこが本当に面白いんです。だから盆踊りも上手くハマったんじゃないかな。それは僕にとってすごく特別で、とても居心地がよいですね」
――〈日本っぽさ〉というのは、メンバーの大半がもともとチャンチキトルネエドとしてチンドン風の音楽をやっていたこととも関係しているのでしょうか?
「いや、チンドンとも微妙に違うんですよ。たしかにチンドンも日本的なビートが西洋音楽と混ざった感じがあって、たとえば篠田昌已さんや大熊ワタルさんがそれを意識的にすごく良い形で取り入れたけど、それとも違っていて、たぶんそういうことをあまり意識しなかったのに、なんだか自然にそうなっていったってほうが近いかな。
そういう意味ではチャンチキトルネエドのメンバーたちの存在は大きかったです。その独特の日本っぽいグルーヴ感みたいなものは無意識のうちに出てきたものなので、そこは変にいじって壊したくないなって思ってます。
音頭にしても、他の国の人とだとああならないと思うんですよ。それが『あまちゃん』でコンサートを重ねたおかげもあって、スペシャルビッグバンドだと阿吽の呼吸でできてしまう。単にリズムだけの話ではなくて、パッとメロディーを合わせても独特のノリが出せる。『あまちゃん』のテーマ曲みたいにすごくシンプルなメロディーでもこのバンドならではの感じになるんです」
盆踊りの現場で独自のサウンドが生まれた
――スペシャルビッグバンドが『あまちゃん』の劇伴にとどまらない、独自のバンドだと感じるようになったのはいつ頃でしたか?
「『あまちゃん』の劇伴にとどまらないバンドになったというより、むしろその延長線上でいろいろやりたいと思うようになっていったのが正直なところかな。
面白いことができる可能性があると確信したのは盆踊りをやるようになってからでした。すでに『あまちゃん』のときにも少しやっていたんですが、〈フェスティバルFUKUSHIMA!〉や〈アンサンブルズ東京〉など、盆踊りの現場が増えていく中で独自のものが生まれていっているような気がして。同時に、一般の人とのワークショップにもスペシャルビッグバンドのメンバーによく入ってもらっていたんです。なので、皆で共通の経験を積みながら、少しずつ馴染んでいったというか。
震災後は僕自身、いろいろと定まらないことをやってきて、メンバーたちはある意味で巻き込まれてしまったとも言える。でもそれを面白がってくれて独自のものができていったので、長く続いているんだと思います。なのでメンバーたちには、本当に感謝しかないです」
――2015年には新宿ピットインでの演奏を収めたライブアルバムをリリースしました。今あらためて振り返ったとき、あのアルバムはどのような作品として捉えていますか?
「あの時点ではベストの内容でしたが、もうちょっと先に行けるなとは思っていました。あのアルバムには『あまちゃん』とそれ以降のいろいろな曲が両方とも並んでいたので、もっとこのバンド独自のカラーが出せないかなと。
そう思っているうちに大河ドラマの『いだてん~東京オリムピック噺~』(2019年)に突入していくんです。『いだてん』の音楽でもスペシャルビッグバンドのメンバーの大半が参加していて、さっき言った盆踊りもやりつつ、だんだん今回のアルバムに繋がるものが少しずつ見えてきたというか」
小さな石をたくさん投げたら山が少し動いた
――どのようなきっかけで新作『Stone Stone Stone』のレコーディングは始まったのでしょうか?
「コロナ禍が大きかったです。その前からこのバンドのために少しずつ曲を書いていたんですけど、コロナ禍に見舞われて、盆踊りもできないし、これから当分の間はビッグバンドでステージを作ることもできないかもしれない。そう思ったら急に録音したくなって。
ちょうど同じ時期に小泉今日子さんが〈小さな石をたくさん投げたら山が少し動いた〉とツイートして、そのときにいろいろなアイデアが頭の中に湧いてきました。それは音楽的なコンセプトというよりは漠然とした世界観なんですが、小さな石のような音楽っていいなあと。
小さな石をたくさん投げたら山が少し動いた。が、浮き足立ってはいけない。冷静に誰が何を言い、どんな行動を取るのか見守りたい。 pic.twitter.com/8MgrcepJwD
— 株式会社明後日 (@asatte2015) May 19, 2020
それで形になったのが、一つはカフェ・オトの〈Takuroku〉レーベルから出した『Small Stone』(2020年)というソロアルバム。もう一つはまだ試行錯誤の段階だけど、ブルーノート東京で今年3月に初演したSmall Stone Ensemble。それと今回のスペシャルビッグバンドのアルバムです。このバンドなら、小さな石がたくさんあるような音楽ができるなと」
――指揮を用いて即興的なアンサンブルを構築するという意味では、Small Stone Ensembleと今回のアルバムの一部収録曲には共通点も見られます。
「近いところもあるけど、完全に同じではないかな。もちろんどっちも即興演奏を指揮でコントロールしようとするところは共通していて、“Gallophy”では皆で指揮し合いながらレコーディングしましたし、1曲目の“Stone Stone Stone”はオレと鈴木広志が2人で指揮をした。だけどスペシャルビッグバンドはお互いに顔も知っていてどんな音を出すのかわかっているメンバーなんです。
逆にSmall Stone Ensembleは基本的には初対面の人同士でもやれるプラットフォームになればいいかなと思っていて。だからブルーノート東京のときは、すごく面白くなったけどやっぱりジャズ系のミュージシャンが多かったから、もっといろんな人とやれたらいいなと考えています」

コロナ禍で変化した遠隔コラボの感覚
――『Stone Stone Stone』には海外のゲストも多数参加していますが、レコーディングはリモートで行ったのでしょうか?
「ビッグバンドのメンバーと類家心平、吉田野乃子以外は全員リモートで制作しました。最初から何人かゲストを入れたいとは思っていて、コロナ禍で海外勢とは直接会う機会がなくなってしまったから、何か理由をつけて連絡を取りたいという思いもありました。それで“Stone Stone Stone”ならクリス・ピッツィオコスが入るといいだろうなとか、“Gallophy”にセンヤワのルリー・シャバラのヴォイスがあったら面白いだろうなとか思いながらレコーディングして。だからビッグバンドでレコーディングする段階で、ある程度余白を作っておいたんですよ」
――先にバンドで録音をして、その音源を海外のゲストに送ってそれぞれレコーディングしていったという流れですか?
「そう、音源を送って基本的には即興演奏でレコーディングしてもらいました。送ったのは音源だけで、譜面は渡していないんです。譜面を送ってしまうと読める人はどうしてもそれを見てしまうから、譜面に書かれていることをやったり、そこから距離を取ったりしてしまう。だからあえて送りませんでした。
それで、“GINGA”と“Hong Kong Hong Kong Hong Kong”に入ってるヤン・ジュンなんかは、エレクトロニクスが来るだろうなと予想していたら〈ヴォイスでいいか?〉って言われて、最初は〈え、ヴォイス?〉と思ったんだけど、重ねて聴いてみるとヴォイスがとてもしっくりくる内容で」
――ゲストの音源はサンプリング/コラージュのように編集しましたか? それともそのまま重ねているのでしょうか?
「切り貼りはしていない。とはいえそのまま貼っちゃうと全編ゲストのソロが入るみたいになってしまうから、オン/オフはしています。でもトラックをズラしたりとかはしていなくて、エフェクトもあんまりかけていないかな」
――音源を送り合うこと自体はコロナ禍以前からありましたが、今回のようなリモートでのコラボレーションには、そうしたこれまでのやり方と違う感覚もありましたか?
「もちろん今までも、それこそ90年代からサンプリング音源を送り合うことはあったんですよね。だからそのことに抵抗は全くなかったんだけど、コロナ禍で何が変わったのかというと、一つは音源を送り合うことが特別なことでもなんでもなく、普通に〈レコーディングに来てよ〉っていうノリでカジュアルに頼めるようになったことなんじゃないかな。
たとえば最初期の頃は音源を郵便で送り合うこと自体がある意味でコンセプチュアルな行為でもあったし、インターネットが普及してファイルでやり取りできるようになってからも、〈なんでスタジオに呼ばずに音源だけ送らせるの?〉と思うミュージシャンもいた。でも今はコロナ禍だからというのもあって気楽に頼めるようになりました。
そういう感覚はコロナ禍が落ち着いてからも続くんじゃないかな。僕だけの感じ方なのかもしれないけど」
香港とミャンマーへの言葉にできない思い
――冒頭曲“Stone Stone Stone”と対になるような最後の収録曲“Hong Kong Hong Kong Hong Kong”は、音そのものは過激にアジテートしているわけではなく、むしろ脱力感さえ漂う楽曲ですが、しかしながら政治性も感じさせる内容になっています。
「やっぱり香港への強い思いはあります。だけど何かメッセージを出してしまうと今はとても危険な状況でもあるので、正直言ってとても苦しい。オレ自身は安全な場所にいるわけで、そんな人間が、そうではない場所にいる人に迷惑をかけることがあってはいけないから、そういう意味でも本当に直接的には言いにくい状況です。だから言葉にできないことを詰め込んだ感じはありました。それで直接的なサンプリングを入れるのも避けたかな。
とはいえdj sniffのフィールドレコーディングは、雨傘革命を音で記録した『DAY AFTER 翌日 [2014.9.29 - 12.12]』という2枚組アルバムに収録されていた音源で、その中の比較的デモっぽくない音を探していたらdj sniffのものがフィットしたんです。もちろん彼のこれまでの様々な活動をリスペクトしているってのもあります。音自体は香港の人が聴けばデモだというのはわかるらしいけど、パッと聴いても僕らにはわからないから、そのぐらいのバランスがいいかなと。
あとアン・ホイという、香港では巨匠と言っていい映画監督がいるんですけど、僕が最初の頃に担当した映画音楽が彼女の『女人、四十』(95年)という作品で、実はこの曲はそのエンディングテーマをもとにしています。
表現がとても不自由な中でアン・ホイが存在し映画を撮り続けていることにはとても意味があると思うんです。彼女は商業映画もたくさん撮っていて、表立って強い政治的発言をするわけではないですが、作品の大小にかかわらずまるで柳の枝のように香港に存在している。作品からはそんなアン・ホイの苦悩がいつも見えてくるんです。彼女は若い頃にイギリス留学していて、外国の文化を知ったうえでずっと香港でやってきた人物なので、僕の中では香港におけるいろんな人たちの闘いをアン・ホイの存在に被せているようなところがあるかな」
――4曲目“孤独の歳月 Années de solitude”はスペシャルビッグバンドで繰り返し取り上げてきた楽曲ですが、今回はミャンマーの状況を伝える音や、現地で録音した銅鑼の作業音なども使用されています。なぜ新作アルバムでこの楽曲をあらためて収録することにしたのでしょうか?
「ピアソラが“孤独の歳月”をどういう意図で作ったのかはわからないけど、彼の経歴を考えると自分自身のことを曲にしているかもしれないし、もしくは『百年の孤独』のことなのかもしれない。ただ、“孤独の歳月”というタイトルなのに曲自体は後半で盛り上がるんですよね。だから全然孤独じゃないじゃんって思うんだけど(笑)、それはともかく、少しずつ集まってきて盛り上がる展開が、バンドでやるととても気持ちよくて。
それでスペシャルビッグバンドの定番ナンバーになっていて、そこにミャンマーのことを何かしらシンクロさせようと思ったんです。ミャンマーの問題も香港以上に何の手出しもできなくて、どう声を上げればいいのかもわからない。でもだからといってミャンマーのために曲を作るのもなんか違うなと思って、最初はどうシンクロさせればいいかわからず、そのまま“孤独の歳月”をレコーディングしていました。
ある日、以前ミャンマーに行ったときに自分で録音した音源をいろいろと聴いていたら、職人さんがコンコンって鳴らして銅鑼を作る音がすごくいい響きだなと。それで最後に付け足すことにしました。
それと今年3月に福島の富岡町に行ったときに、偶然、ウクライナの平和を願う鐘というのが国道沿いに設置されているのを知って、そこで録音した音源も重ねています。
だからコンセプチュアルにサンプリングを入れたというより、ミャンマーの金属の音と福島でウクライナを思って鳴らされた金属の音がぼんやりとこの曲の中でシンクロしていくように聴こえたらいいなと思って。でも、あんまり答えを出さずに作っていった曲なんです」
個人は無力。音楽で主張しても直接何かが変わるわけではない。でも、諦めたくないんです
――今回のアルバムは、フリージャズや音響的なものから指揮を取り入れた集団即興、アジアでの交流、そして映画やドラマでの劇伴まで、大友さんの多岐にわたる活動が凝縮された作品になっています。その意味で非常にパーソナルな側面がありつつ、同時に社会的な側面もあり、それらが地続きであるようにも思います。
「政治的な主張のために音楽を動員する気はまったくないです。ただ、音楽を作るということと、自分が普段生きていることと、政治って、ぜんぶ地続きで繋がっているとは思うんです。
たとえば30年間、僕がいろんな国を自由にツアーして、いろんな人たちと音楽をやれてきたけど、それはたまたまそういう時代で、様々な人たちの努力があって比較的平和だったからできただけで、いざ今のような状況になると、そういうことはできなくなってしまう。個人というのは、こういう状況にはまったく無力です。音楽の中で主張したからといって何かが直接変わるわけでももちろんない。でも、諦めたくないんです。
じゃあどうしたらいいのかというと、音楽の中に直接的な主張を入れるよりは、音楽の構造とか作り方、アルバムの制作の仕方の中に自分で納得のいく方法を入れていくしかないな、というのがコロナ禍の中で思ったことでした。
そんな中で、この動きに賛同してくれたLittle Stone Recordsがレーベル立ち上げとともに、このアルバムの制作をしてくれたことは本当にラッキーだったと思っています。多分この先もここをプラットフォームに、自分の作品を出していけそうですし。
このビッグバンドのあり方って、さっきも言ったように、僕が作ったけれども、でも皆の力でたまたま出来上がったところもあるんです。『あまちゃん』がきっかけでたまたま縁ができた人たちと、たまたま一緒にやっていたら、いつのまにかいいグルーヴ感が生まれた、ということ。〈縁〉って言ってもいいと思うけど。そこはすごく大切にするべきだって思うんですよね。
スペシャルビッグバンドでは盆踊りの音楽もやりましたけど、そもそも福島での震災と原発事故がなければ盆踊り自体もやることがなかったわけで、そうした福島での盆踊りや即興演奏の経験をメンバーと共有できているのはすごくいいことですし、そこで生まれたグルーヴ感で、盆踊りじゃないものも作れたらいいなということが、僕の中ではミャンマーの出来事や香港の出来事とも地続きのように繋がった感じがしているんです。
それに言葉を与えてくれたのが小泉さんのツイート。つまり、一人一人の小さな営みの中でも納得のいくように何かをやっていくうちに何かが動くかもしれないという、ささやかな希望だけど、そこしか信じられるものはないかなと。
だからこのビッグバンドのこれまでの10年の歩みも、コロナ禍で作った今回のアルバムも、そういうことが、すべて集約されている、そんなふうに思ってるんです」
RELEASE INFORMATION
リリース日:2022年8月31日
フォーマット:CD/大友良英による全曲解説12Pブックレット付
価格:2,750円
TRACKLIST
1. Stone Stone Stone
2. 悲しくてやりきれない Kanashikute Yarikirenai
3. Music for Kinue Hitomi
4. 孤独の歳月 Années de solitude
5. Song for Che ~ Reducing Agent
6. GINGA
7. Music for Taiji Tonoyama
8. Gallophy
9. Hong Kong Hong Kong Hong Kong
大友良英スペシャルビッグバンド OTOMO YOSHIHIDE SPECIAL BIG BAND
■メンバー
大友良英 Otomo Yoshihide, guitar, turntable (1), banjo (9)
江藤直子 Eto Naoko, piano, horn arrangement (3)
近藤達郎 Kondo Tatsuo, organ
齋藤寛 Saito Kan, flute
井上梨江 Inoue Nashie, clarinet
鈴木広志 Suzuki Hiroshi, sax, horn arrangement (2)
江川良子 Egawa Ryoko, sax
東涼太 Higashi Ryota, sax
佐藤秀徳 Sato Shutoku, trumpet
今込治 Imagome Osamu, trombone
木村仁哉 Kimura Jinya, tuba
大口俊輔 Okuchi Shunsuke, accordion
かわいしのぶ Kawai Shinobu, bass
小林武文 Kobayashi Takefumi, drums
イトケン Itoken, drums (1, 3, 5, 6, 8)
上原なな江 Uehara Nanae, marimba, percussion
相川瞳 Aikawa Hitomi, percussion
Sachiko M, sine waves
■ゲストメンバー
Chris Pitsiokos, alto sax (1, 8)
Rully Shabara (Senyawa), voice (8)
Wukir Suryadi (Senyawa), self-built instruments (8)
類家心平 Ruike Shinpei, trumpet (3, 8)
吉田野乃子 Yoshida Nonoko, alto sax (3, 8)
Yuen Chee Wai, electronics (6, 9), gamelan (6), guitar (9)
Yan Jun, voice (6, 9)
Ryu Hankil, electronics (6, 9)
dj sniff, field recording in Hong Kong 29 September 2014 (9)
Kahimi Karie and Niki, voice & happiness (9)
Recorded at Victor Studio on June 14, 2020, except for track 7 which was recorded at Sound City on January 9, 2021.
Additional recordings were made at Iroha Studio on August 8, 2020, and at GRID301 and in the homes of guest musicians between 2020-2022.
Recording Mixing Mastering Engineer: 中村茂樹 Nakamura Shigeki
Cover Art and Photo: 毛利悠子 Mohri Yuko
Cover Design: 鈴木聖 Suzuki Satoshi
Produced by 大友良英 Otomo Yoshihide

大友良英スペシャルビッグバンド 『Stone Stone Stone (mini album)』 Little Stone(2022)
リリース日:2022年5月25日
TRACKLIST
1. Stone Stone Stone
2. Music for Kinue Hitomi –new version of “闘う女子”–
3. Hong Kong Hong Kong Hong Kong
LIVE INFORMATION
GEKIBAN!
2022年12月5日(月)東京・有楽町 I’M A SHOW(アイマショウ)
出演:大友良英 GEKIBAN Special Band
大友良英(ギター)/江川良子(サックス)/鈴木広志(サックス)/今込治(トロンボーン)/近藤達郎(キーボード/ハモニカ)/江藤直子(ピアノ)/かわいしのぶ(ベース)/イトケン(ドラムス/プログラミング)/上原なな江(パーカッション)
ゲスト: 渡辺あや(脚本家)/佐野亜裕美(ドラマプロデューサー) 等
2022年12月6日(火)東京・有楽町 I’M A SHOW(アイマショウ)
出演:大友良英(あまちゃん10周年直前)スペシャルビッグバンド+のんとも。M
大友良英(あまちゃん10周年直前)スペシャルビッグバンド
大友良英(ギター)/江藤直子(ピアノ)/近藤達郎(キーボード/ハモニカ)/齋藤寛(フルート)/井上梨江(クラリネット)/鈴木広志(サックス)/江川良子(サックス)/東涼太(サックス)/佐藤秀徳(トランペット)/今込治(トロンボーン)/木村仁哉(チューバ)/大口俊輔(アコーディオン)/かわいしのぶ(ベース)/小林武文(ドラムス)/イトケン(ドラムス)/上原なな江(パーカッション)/Sachiko M(sinewaves)
のんとも。M
のん(ボーカル/ギター)/大友良英(ギター/ボーカル)/Sachiko M(ボーカル/パーカッションetc.)
ゲスト:のん(女優・創作あーちすと)
大友良英PIT INN年末4デイズ8連続公演
2022年12月26日(月)東京・新宿PIT INN
■昼の部
本藤美咲キュレートセット『attempt to interchange』
出演:田上碧(ヴォイス)/本藤美咲(サックス)/高良真剣(パーカッション)/竹下勇馬(mechanized instruments)/大友良英(ギター/ターンテーブル)
■夜の部
ONJQ(大友良英ニュージャズクインテット)
「空が映えた2022年11月18日水曜日」
出演:類家心平(トランペット)/今込治(トロンボーン)/大友良英(ギター)/水谷浩章(ベース)/芳垣安洋(ドラムス)
2022年12月27日(火)東京・新宿PIT INN
■昼の部
松丸契キュレートセット
出演:松丸契(サックス/エレクトロニクス)/没a.k.a.NGS(lap, track maker, ドラムス)/大友良英(ギター/ターンテーブル)
■夜の部
MUSICS あるいは複数の音楽たち その2
出演:吉増剛造(詩/パフォーマンス)/山﨑阿弥(ヴォイス)/大友良英(ギター/ターンテーブル)
2022年12月28日(水)東京・新宿PIT INN
■昼の部
永武幹子キュレートセット
出演:永武幹子(ピアノ)/守谷美由貴(アルトサックス)/纐纈雅代(アルトサックス)/本田珠也(ドラムス)/大友良英(ギター)
■夜の部
打てば響く
出演:山下洋輔(ピアノ)/松丸契(サックス)/大友良英(ギター)/芳垣安洋(ドラムス)
2022年12月29日(木)東京・新宿PIT INN
■昼の部・夜の部 共に
大友良英スペシャルビッグバンド「Stone Stone Stone Stone Stone」
出演:大友良英(ギター)/江藤直子(ピアノ)/近藤達郎(キーボード/ハモニカ)/齋藤寛(フルート)/井上梨江(クラリネット)/鈴木広志(サックス)/江川良子(サックス)/東涼太(サックス)/佐藤秀徳(トランペット)/今込治(トロンボーン)/木村仁哉(チューバ)/大口俊輔(アコーディオン)/かわいしのぶ(ベース)/小林武文(ドラムス)/イトケン(ドラムス)/上原なな江(パーカッション)/相川瞳(パーカッション)/Sachiko M(sinewaves)
PROFILE: 大友良英
1959年生まれ。映画やテレビの音楽を山のように作りつつ、ノイズや即興、フリージャズの現場がホームの音楽家。ギタリスト、ターンテーブル奏者。活動は日本のみならず欧米、アジアと多地域にわたる。大友良英スペシャルビッグバンドやONJQ、Small Stone Ensemble、GEKIBANなど、数多くのバンドを率いる。また美術と音楽の中間領域のような展示作品や一般参加のプロジェクト、プロデュースワークも多数。震災後は故郷の福島で〈プロジェクトFUKUSHIMA!〉を立ち上げ、現在に至るまでさまざまな活動を継続中。2014年、大友良英スペシャルビッグバンドを結成。以後、大友の活動の中心的な役割を果たしている。
