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自由奔放なアニメーション表現でみせる〈能楽 × ロックミュージック〉
やはり湯浅政明監督は天才だ。こんなにも破天荒で、痛快で、想像力を刺激する作品には、そうはお目にかかれない。しかもそれを、室町時代に実在した能楽師の物語という、ともすれば地味に感じられる題材で実現したのだから凄い。そのイマジネーションの飛躍たるや豪快のひと言で、〈アニメーションかくあるべし!〉と大手を振って喧伝したくなるくらいだ。
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このたびBlu-ray/DVDがリリースされる湯浅監督の最新作「犬王」は、古川日出男の小説「平家物語 犬王の巻」を原作としたアニメーション映画。犬王(別名:道阿弥)とは、室町時代に活躍した近江猿楽比叡座の能楽師で、能の大成者として知られる観世座の観阿弥・世阿弥と同時代を過ごし、当時の将軍・足利義満からの寵愛を受けるほどの人気を得ていた人物だ。近江猿楽は流派が絶えてしまったため、今やその芸を知る術はないが、犬王の優美な芸風は世阿弥にも影響を与えたと言われている。
そんな犬王の物語と芸能をいかにしてアニメーションで描くか。何しろ具体的な資料はほぼ残されていない、600年も昔の古典芸能のことなので、想像を膨らませるよりほかに方法がないわけだが、そこで生まれたのが〈能楽 × ロックミュージック〉という歴史の流れを超越した発想なのだから、お見事と言わざるを得ない。かくして室町と現代を繋ぐ前代未聞のロックオペラがここに誕生した。
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音楽を担当したのは、これが初めてのアニメ仕事となる大友良英。琵琶奏者の後藤幸浩を監修に迎えつつ、ギターやベース、ドラムといった現代の楽器も交えることで、室町時代の民俗芸能であった猿楽と、現在の大衆音楽=ロックを結び付け、異形の存在である犬王(CV:アヴちゃん/女王蜂)と、その相棒となる琵琶法師・友魚(CV:森山未來)の音楽として大胆に解釈してみせた。
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友魚が友一/友有と名を改め、劇中で披露する琵琶語りは、ブルージーなハードロックそのもの。その革新的な演奏に民衆たちが熱狂する姿はロックフェスさながらで、まるで映画「ウッドストック」を観ているような気分になる(友一がジミ・ヘンドリックスばりの琵琶の背面弾きを披露する場面もある)。ほかにも犬王の歌唱曲“鯨”は民謡とクイーン“We Will Rock You”が合わさったような調子だし、アヴちゃんのカウンターテナー風ファルセットが圧巻の“竜中将”は、クイーン“Bohemian Rhapsody”からJ・A・シーザーのアングラ音楽劇までを想起させる壮大なプログレッシブロックだ。
ロックカルチャーが反体制の象徴だった1960~70年代のサウンド感が取り入れられているのは、忘れられた平家の物語を語る犬王と友魚の立場の音楽として必然を感じるし、同時に劇中で描かれる2人の挫折は、今のロックの状況とも重ねられる……というのは穿った見方かもしれないが、歴史や時代の枷に捉われない自由奔放なアニメーション表現を含め、本作が唯一無二のエンターテイメント作品に仕上がっていることは保証する。