様々に趣向の凝らされたリズムによる変奏
大友良英が音楽を手がけるNHK大河ドラマ「いだてん」の劇伴の前編がリリースされた。明治時代に日本人として初めてオリンピックに出場したマラソン選手の金栗四三、および1964年の東京オリンピックの招致へと向けて奔走した田畑政治の二人を中心に、近代化の途上にある日本で生きる人々を描いていく「いだてん」では、当たり前のものとして固定化される以前の多様な価値観が渦巻いている。劇伴もまた、大河ドラマとしては異色の様々な響きで満ち溢れている。
朗らかなファンファーレからはじまり、サンバ風のリズムとともに徐々に合奏の参加人数が増えていくメインテーマ曲は、繰り返されるシンプルなメロディも印象的だ。このメロディは他の楽曲において、たとえばチンドンやスカのようなリズムに乗せられたり、管弦楽アンサンブルによるアレンジが施されたりしていく。いわゆるサントラを音楽的に楽しむひとつの聴きどころはこうした変奏にあると思うのだが、とりわけ「いだてん」の劇伴では、芳垣安洋率いるリズム楽団オルケスタ・ナッジ!ナッジ!の参加や、アルゼンチンの鬼才パーカッション奏者サンティアゴ・バスケスの演奏、さらにアート・リンゼイによるパーカッション・コーディネートなど、様々に趣向の凝らされたリズムによる変奏が特徴になっている。
「いだてん」のサントラと同時に大友がこれまで手がけてきた映画やドラマなどの劇伴を集めたコンピレーション・アルバムもリリースされている。未CD化音源を含む全24曲で、ノイズ/実験音楽といった領域で活躍する大友が、並行して映像のために制作してきたポップ・センス際立つもうひとつの側面がここにある。映画やドラマにはいまや当たり前のように劇伴があるものの、それぞれの楽曲には一筋縄ではいかない個性が豊かに響いている。近代化以降を生きるわたしたちが大前提とする様々な価値観は、果たして本当に〈当たり前〉のものなのか、そんなことも考えさせてくれる二枚のアルバムだ。