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 レイモンド作品の映画のBGMは時代を象徴する音楽が細やかに仕掛けられている。音楽監督はカール・デイヴィス。エンディングソングは、ポール・マッカートニーによるオリジナル曲。サビの歌詞は呟く。「瞬きの間に多くの歌がうたわれ、多くの人生が過ぎた。僕らは決して諦めず、愛し続ければ泣くことなんてない」。長年のレイモンド作品ファンだったポールは、物語に共感し、自分の両親にも想いを馳せ、メッセージソングを書いたという。ちなみにポールはレイモンド作品『Fungus The Bogeyman』のモンスターのようなキャラクターがお気に入りらしい。地下で暮らす伝説の妖精くんのテーマは環境問題(!?)コマ割りの緻密さがオタク心をくすぐる。英国では映像版もあり、日本語翻訳版にも期待したい。 ふと、個人的なレイモンド・ブリッグズ作品との出会いを振り返ってみると、はじめて手にしたのは1970年半ば、『さむがりやのサンタ』の初版絵本。母と一緒に本のカタログから選んで弟にクリスマスプレゼントとして渡した一冊だった。(今思うとその絵本カタログには、いわさきちひろの作品や『はだしのゲン』も並んでいて、ピースフルな選書リストだった!)

 絵本が家に届いて、ページをめくって母は「あら、漫画だがね!」と驚く。コミック世代の弟は、コマ割りの『さむがりやのサンタ』を「面白い!!」とご機嫌。ちょっと不機嫌なサンタの表情と台詞は皮肉たっぷりだが憎めない。トナカイと空を旅する情景や、俯瞰から見たロンドンの町並み、バッキンガム宮殿の上空をひょいと飛んでいる描写の緻密な美しさは印象的だった!

 英語版絵本を手にして気がついたのだが、原題は『Father Christmas』(サンタ父さん!?)

 イギリスのあるインタヴュー映像では、サンタのモデルは「父親からインスパイアされた」と語っていた。絵本の中で、配達中のサンタが牛乳瓶を持つ男性と親しげに挨拶を交わす場面があるので、チェック&リマインドして欲しい。なぜならばその牛乳瓶配達夫は、レイモンドの父・アーネストそっくりのキャラクターなのだから!

 さて、次にレイモンド・ブリッグズ作品に触れたのは、80年代。おなじみ『スノーマン』の映像だった。少年と雪だるまが飛ぶシーン、ボーイソプラノの歌声も忘れ難い。デヴィッド・ボウイが登場する映像もあることを知る。(大人になった主人公の少年役!? もしやスターマン!)。スノーマンの原作絵本は、絵だけで言葉はない。少年と雪だるまの一期一会のストーリーは、民族や国境を超える。どこかアニミズム神話や宇宙に通じる物語なのかもしれない。

 東西冷戦時代、アニメ映画『風が吹くとき』が世界に投じた一石は凄かった。震え上がる衝撃作だった。原作の“When The Wind Blows”は、1982年に発表。1986年アニメ映画化。1986年4月のチェルノブイリ原発事故後、世界にお灸をすえて喝を入れたような皮膚感覚だ。80年代のバブル期、CM企画講座のワークショップ課題で、英語版アニメ映画を鑑賞した時のヒリヒリ感は忘れられない。最後のシーンで場内はシーンと静まり返ってしまった。

 かつてレイモンド・ブリッグズは広告仕事も手がけていたという。ほんわかキャラクターの模範的な夫婦が狂言回しになって語り合う日常の中に、ヒタヒタと忍び寄る核の脅威。ジリジリ追い詰められてゆく退廃感と恐怖感。だが、当事者は迫り来る危機に最後の最期までまでなかなか気づかないことを教えてくれる。音楽はピンク・フロイドのロジャー・ウォーターズ。主題歌は、デヴィッド・ボウイ。サッチャー政権下、スクラムを組んだチームが話題作を放った意義は大きい。なお、日本語版は1987年に大島渚監督が監修。吹き替えは、森繁久彌と加藤和子が夫婦役を演じた。絵本と映画、今からでも、いや今こそ、必見だ。

 レイモンド・ブリッグズの原作絵本を読み返し、映像を観ると、いくつもの線と点がつながって符合してくる。その視点は、一見、ユーモラスだが、時に厳しく残酷。きわめて繊細で重要な意味合いがあることに気づく。ラストシーンに描かれる「無常観」。やわらかなタッチの絵の底辺に流れる通奏低音のような“メメント・モリ”「死を想え」なのか。生前、彼はこう証言している。「ハッピーエンドは信じない。子どもは遅かれ早かれ、死というものに向き合わなければいけない」と。死から学ぶ生。過去から学ぶことで未来はひらかれる。今を生きる我々を包み込むように厳しく温かく注がれる視線。雲の上のレイモンド・ブリッグズ先生のまなざしから人類が学ぶべきことはまだまだあるに違いない。

 


レイモンド・ブリッグズ(Raymond Briggs)【1934年1月18日 - 2022年8月9日】
1934年、ロンドン生まれる。1957年からフリーのイラストレーターとして活動を始め、’61年に「The Strange House」で絵本作家としてデビュー。’66年、約400の伝承童話にユーモラスな絵をちりばめた「マザーグース・トレジャリー」でケート・グリーナウェイ賞を獲得。その後自ら原作も手がけた「さむがりやのサンタ」(’73年)で同賞を再び受賞。英国を代表する絵本作家、イラストレーターとして活躍。

 


寄稿者プロフィール
北中理咲(きたなか・りさ)

1964年、鹿児島県出身。射手座。早稲田大学社会科学部卒。広告会社勤務を経て、 kitanaka lab研究員。趣味は、選曲、俳句、野鳥と野草の観察。狩猟も戦争も反対です。