次世代のミュージックスターを発掘する、令和最大級の音楽プロジェクト〈NEXTミュージックスタープロジェクト〉。オーディションはライブ配信アプリ〈ミクチャ〉を中心に行われたが、最終審査はタワーレコード渋谷店のB1FにあるCUTUP STUDIOという現場で開催された。2022年7月20日、渋谷に集ったのは、約1,000名の応募者のなかから選ばれた5名のファイナリストたち。審査員の前で歌声を披露した結果、見事グランプリを勝ち獲ったのは、当時弱冠19歳だったシンガーの〈あゆみ〉だ。
モデルとしても活動するなど、現役大学生でありながらも多才に活動するあゆみは、グランプリの特典として初のオリジナル曲“Butterfly”を、作曲者である井上ヨシマサと作り上げた。オーディションの課題曲“優しくしないで”とのカップリングで配信がスタートしたことも話題のこの曲について、そして〈NEXTミュージックスタープロジェクト〉や、あゆみという次世代の才能について、井上を交えて話を訊くことができた。 *Mikiki編集部
※このインタビューは2022年12月25日発行の「bounce vol. 469」に掲載された記事の拡大版です
録音は記念写真。その日に抱いた感情を残すしかない(井上)
――オーディション最終審査当日のことを振り返ってみていかがですか?
あゆみ「配信の審査と違って目の前で観てくれている人がいらっしゃいますし、あと会場も大きかったので緊張しました」
――当日に臨むにあたってどんな準備をしてましたか?
あゆみ「井上さんが作曲された課題曲の“優しくしないで”を参加者全員が歌うので、他の人とどういう違いがあるのかとか、歌詞にどういう感情を込められてるかとか、比べられてしまうんですね。
“優しくしないで”は歌詞が深い恋愛ソングなんですけど、私はまだ20歳だから、同じ経験をしたことがない分、想像を膨らませて、歌詞をじっくり読みながら、伝える方法を模索しました」
井上ヨシマサ「経験すれば簡単だけど、想像するって難しいよね」
あゆみ「そうですね。これまでバラードを歌う機会が多かったし、そっちの曲調のほうが自分としても得意なので、曲調はしっくりきたんですけど、やっぱり感情移入の問題が……」
井上「最近よく思うんですけど、感情移入の加減って非常に人間力が試されるところで。
あゆみちゃんの歌って、今の僕にとってはスッと入ってくる感じだったんですよ。でも、そのときはちょっと足りないと思っていたの、実は」
あゆみ「たしかにそうですよね。仮歌を歌われていた方の歌と、自分が吹き込んだ歌を比べてみると、浅く聴こえちゃうというか、歌詞が軽く聴こえちゃうところが悩みで、〈どうしよう……〉って考えていました」
井上「そうなんだ。それで出来るかぎりの感情を入れてみようと試みた結果がアレだったんでしょ?」
あゆみ「ハイ、あれが限界でした」
井上「なるほどねぇ。でも、この人は歌詞とメロディーをちゃんと届けられる人だな、って気づきましたよ。ワーッと歌いすぎて、圧だけで押し切っちゃうケースもあるじゃないですか。僕らなんか昭和を生きてきた人間だから、泣くまで歌詞に感情を入れて歌わされる、みたいな時代も知っている。それとはまた違っているんですよね」
――すごく素直な歌い方をされるなぁ、というのがあゆみさんの第一印象です。
井上「そうなんですよ。本当は(テクニックを)知っていながら、抑えているのか」
――え、そんな高等テクニックをお持ちでいらっしゃる?
あゆみ「いえ、そんなぁ……(笑)」
井上「持ってるかもよ(笑)。20歳を舐めちゃだめですよ。
尾崎亜美ちゃんの“オリビアを聴きながら”ってあるでしょ。亜美ちゃんバージョン(80年)は感情をたっぷり込めて歌っていらっしゃる。自分が作った歌だし、彼女はシンガーソングライターだから。作家のオリジナル音源と比べると、歌い手さんのバージョンは少し物足りなく感じます。なのに、感情が届かなかったわけではなく、杏里さんの歌い方は結果、世間の人に楽曲の持つ感情を正確に伝えたわけですよね。
僕は、〈全力でやってみて〉って歌い手を追い込まなきゃいけない立場。でも歌い手側が曲に必要な温度感をうまく調節してくれることもある。まさにあゆみちゃんのレコーディングはそういう結果になったので、非常に満足しています。歌入れが終わるのは早かったよね?」
あゆみ「そうですね。でも一回編集してもらった音を聴いて、〈ここはちょっと変えたいね〉って言っていただいたので、再度歌わせてもらったんです」
井上「〈優しくしてね〉って最後の一言ね。あれだけで70テイクぐらい録ったんだ(笑)」
――タメがバッチリ効いていますよね。
井上「現場にいたスタッフそれぞれが理想とする〈優しくしてね〉があったから、〈アレがいいコレがいい〉ってなったけど、最終的には本人が納得する〈間〉を選んだんです。
結局ね、何回も録っていると、その日に抱いた感情を残すしかないなって考えるようになってくるんだよね。あとで聴き直したら全部直したくなるけどさ、録音って記念写真みたいなものだから。だから、あゆみちゃんがオーディションで出したもの、それがその時点でのベストなんだよね。〈100年後だったらいいものが出せる〉って言っても意味ないんだから。その都度精いっぱいやるしかなくて、素直にいまあるものすべてを出す。ヘンに背伸びしちゃいけないんです」