ストリーミングやハイレゾ、レコードなど、音楽を聴く媒体が幅広く存在するいま。タワーレコードがおすすめしているのは、SACDでの高音質・高品質な音楽体験です。この連載〈SACDで聴く名盤〉では、SACDや楽しみ方を、歴史的な名盤を通してお伝えしています。第16回に取り上げるのは、惜しまれながらも2022年に音楽活動から引退した吉田拓郎さん(当時は〈よしだたくろう〉)の5作目『今はまだ人生を語らず』(74年)。名曲“ペニーレインでバーボン”を収録した形でついに完全復刻された本作のSACDの魅力を、桑原シローさんに解説してもらいました。  *Mikiki編集部

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吉田拓郎 『今はまだ人生を語らず(完全生産限定盤)』 Sony Music Direct(2022)

 

浮かない顔をしたフォークと若者文化の旗手

2022年を活動の区切りと定め、われわれに明るく手を振りながら表舞台から去っていった吉田拓郎。この現実を静かにゆっくりと呑み込むための助けとして、今は聴き慣れた古い音盤に頼ってばかりいるという向きも多かろうと思う。私の場合はというと、断然これ。『今はまだ人生を語らず』。気が付くと、優れた突進力ときまぐれな風向きを持つ楽曲に魅せられるまま追いかけてしまっていることが最近やけに多い。

74年10月、プライベートレーベルのOdysseyからリリースされた本作は、彼が名実ともに音楽シーンのトップに立っていた時期のヒットアルバムであり、ファンの間でも屈指の名作として語り継がれる1枚だ。

その出自を持ったグループやシンガーたちによる楽曲の数々が流行歌として世に広まるなど、当時すっかり市民権を得ていた〈フォークソング〉。ポピュラー化に多大な貢献を果たした拓郎氏に注がれる視線は相変わらず熱く、ユースカルチャーの発信者としての影響力も依然として高いものがあったわけだが、アルバムから見えてくる彼はやけに浮かない顔をしている。各曲に目を凝らしてみると、自身を取り巻く騒がしい環境から逃げ出そうと転がるように疾駆する様子が飛び込んでくる。

 

当時の心情を克明に捉えた“ペニーレインでバーボン”

例えばオープニングを飾る“ペニーレインでバーボン”。ここに描かれているのは、バーボンを燃料にして酩酊感と諦観を抱えながら宵闇に向かって吠え続ける男のやるせない独白劇だ。息継ぎすることすら忘れたかのような歌唱にはまごうことなきロックスピリッツが宿っており、抗い難い魅力を放つ。フォークの旗手と目され、期せずして先頭のポジションに就かざるを得なかったシンガーソングライターの心情を克明にドキュメントした本作を象徴する1曲といえよう。

ご存じかと思うが、〈ペニーレイン〉とは彼が足しげく通った原宿のレストランバーのこと。古くからのファンにとっては、ここに行けばあの頃のまんまの拓郎氏と再会することができる、そんな思いを抱かせてくれる大切なこの曲はやはりこの定位置になければ。〈-1〉ではどうしてもダメ。

 

〈見る前に跳べ〉な際立った個性を発揮“人生を語らず”

いつまでも未然形のまま。そんな佇まいに魅力を感じ、今日だったら新たな答えが聞けるかもしれないと相変わらずアルバムに手を伸ばしているのかもしれない、と続く“人生を語らず”を聴きながらふと考える。天空に噛みつくようなシャウトといい、パフォーマーとしての際立った個性が発揮されたこの曲は、考えるより前に走り出すことを信条とする〈見る前に跳べ〉的積極性が色濃く滲んだケースと言える。言葉の意味よりも疾走感が生み出すリアリティーを選び取るべき、というメッセージに感応したビートたけしが影響を公言していることも有名だ。

どこか血なまぐささすら漂わせる“知識”など、とにかく自身が作詞を手がけた楽曲群があまりに鮮烈すぎて、出会ってからこれまで何度となく叩いたり絞ったりしてきたのに、まったくもって色あせることがない。