音楽の聴き方が多様化した今、タワーレコードがおすすめしているのが高音質なSACDでのリスニング。この連載〈SACDで聴く名盤〉では、そのSACDの魅力や楽しみ方をお伝えしています。今回紹介するのは、2023年に87歳で亡くなったチェコの指揮者ズデニェク・マーツァルの名盤。2003年に母国のチェコ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者に就任した彼による、発表時から高く評価されてきた代表的な名録音が、追悼企画としてタワーレコード限定で再発されます。SACDで堪能できる絶品のドヴォルザーク、その魅力とは? *Mikiki編集部

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ZDENĚK MÁCAL, CZECH PHILHARMONIC 『ドヴォルザーク:後期交響曲集(第7番、第8番、第9番「新世界より」)、スーク:組曲「おとぎ話」(2024年マスタリング)』 Octavia Records × TOWER RECORDS(2024)

 

「のだめ」でも知られる指揮者とチェコ・フィルの最高の表現

ドヴォルザークの交響曲第7番は極めて印象的に始まる。遠雷のようなティンパニのトレモロ、コントラバスとホルンのピアニッシモによる持続音に乗って、ヴィオラとチェロにより主題が呈示、それがクラリネットとホルンの応答に引き継がれ、徐々に音楽は高潮してゆき、遂にはフォルテッシモの壮麗で情熱的なトゥッティ(総奏)に至る。曲頭だけに、どの指揮者とオーケストラもその表現に精魂を傾ける訳だが、このマーツァルとチェコ・フィルの2004年録音はその最高の表現を鮮やかな音質で刻印したものと言えるだろう。

冒頭のティンパニと持続音は小さいボリュームの中に、楽器固有の質感が十二分に表出され、かつ緊張感も漲り、神秘性が漂う。続くヴィオラとチェロの深く、コクのある響きの濃密さ、クラリネットとホルンの柔らかな感触と音色の薫り! まさにチェコ・フィルならではの、他のオーケストラでは表現し得ない伝統の音、固有の民族文化の音が聴こえてくる。

惜しくも昨年亡くなったチェコの名指揮者マーツァル(1936~2023年)は、2006年のTVドラマ「のだめカンタービレ」にヴィエラ先生役で出演し日本でも有名だが、2003年から2007年まで名門チェコ・フィルの首席指揮者を務めるなど、その実力は超一流だった。チェコ・フィルはステレオ期以降、同曲をコシュラー、ノイマン、ビエロフラーヴェクといったチェコ出身の名指揮者たちと録音してきたが、このマーツァル盤はエクストンの優秀録音もあいまって、伝統の響きを一層強く感じさせてくれる。それには、マーツァルの音色に対する類い稀なセンスも挙げられるが、スコアを誠実に、率直に、ニュアンス豊かに鳴り響かせ、チェコ人ドヴォルザークをチェコ人らしく描き出した解釈が大きな要因となっている。

 

名人芸極まれり! 第7番の情景を描く指揮

これまで交響曲第7番は、ドヴォルザークがブラームスの交響曲第3番に憧れて作曲したという由来から、ブラームス風に重々しく、ドイツ音楽のように大柄に演奏されるのがトラディションとなっていた。そのため響きは重厚に、テンポは遅めとなり、実際上記したチェコの指揮者たちも第1楽章をコシュラーは12分22秒、ノイマンは10分48秒、ビエロフラーヴェクは11分20秒かけて演奏している。

対するマーツァルは10分9秒。響きが過度に重くなることを避けながら、十分なコクと充実感を表出させる。その足取りは重みから解放され、前進するエネルギー、瑞々しい生命力に満ちている。弦楽器の合奏はボヘミアの森の奥深さと草原を駆け抜ける風のような爽やかさを併せ持ち、木管楽器は鳥たちが歌い交わす鳴き声のように、金管楽器は山々に木霊する角笛のように響いている。まさに、作品の情景が見えるような演奏であり、録音である。

こうしたマーツァルの姿勢は第7番の演奏全曲に一貫する。第7番第2楽章の牧歌的な美しさと切ないばかりの感情の高揚、第3楽章の民俗舞曲が開始されるときの絶妙なテンポの揺れ。そして、第4楽章の起伏に富んだ曲調を自在な棒でしなやかに流動する音楽として表現し、力強い進行とともにチェコ・フィルの共感に満ちた歌心と多彩な音色を生かして旋律美と色彩美を添えてゆくところ、指揮の名人芸、ここに極まれり!といった感がある。