©Hipgnosis, Pink Floyd Music Ltd.

ピンク・フロイド〈狂気〉が50周年! プログレ名盤たる所以を紐解く

 プログレッシヴ・ロックを代表するピンク・フロイドの名盤『The Dark Side Of The Moon』(邦題:狂気)。今年リリース50周年を迎えるなか、最新リマスターを施されたさまざまなフォーマットの〈狂気〉、ライヴ盤、7インチを収録した『The Dark Side Of The Moon - 50th Anniversary Box Set』がリリースされる。バンドにとって初めてビルボード1位を記録した作品であり、15年間にわたってTOP200にとどまり続けた〈狂気〉とは、どういうアルバムなのか。

PINK FLOYD 『The Dark Side Of The Moon - 50th Anniversary Box Set』 Pink Floyd/Legacy(2023)

 ラジオやシングルで楽しむ手軽な娯楽だったロックンロールが、若者たちの間でアートとして捉えられるようになったのが60年代後半のこと。ビートルズのコンセプト・アルバム『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』のように、アルバムというフォーマットを意識して実験的な試みが行われるようになる。そして、70年代に入ると、キング・クリムゾン、イエス、エマーソン・レイク&パーマーなど、ジャズやクラシックを取り入れた複雑な楽曲を聴かせるバンドが〈プログレッシヴ・ロック〉と呼ばれるようになった。

 ピンク・フロイドがデビューしたのは67年。当初は流行のサイケデリックなロックだったが、バンドの中心的な存在だったシド・バレットの脱退をきっかけに次第にプログレッシヴなサウンドにシフトし、その新しい方向性を完成させたのが〈狂気〉だ。ロジャー・ウォーターズ(ヴォーカル/ベース)が人間に潜む狂気性をテーマにして、全曲の歌詞を担当。各曲は継ぎ目なく繋がってアルバム一枚が組曲のように構成されている。文学的な歌詞、凝った構成の楽曲というのはプログレの特徴だが、〈狂気〉は緻密に作り込まれたサウンドが耳を引く。なかでも効果音の使い方が特徴で、“On The Run”では、走っている人間の足音や息遣い、笑い声、飛行機の爆音がシンセと融合して緊迫感に満ちたサウンドスケープを生み出し、“Time”では時計が一斉に鳴り響く。そして、もっともインパクトがあるのは“Money”のイントロで、レジと小銭の音がドラムの代わりにテンポを刻む。

 そんなふうに効果音を巧みに使うことでアルバムに映像的な広がりが生み出されているが、そこで重要な役割を果たしたのが新進気鋭のエンジニアだったアラン・パーソンズだ。サンプリングができなかった当時、アランは“Money”のイントロを1か月かけて作り上げるなど、音の重ね方や配置に工夫を凝らして立体的な音響空間を構築。ビートルズが〈サージェント・ペパーズ〉で示した、スタジオを楽器のように使う、というアプローチをバンドと共に推し進めた。

 曲自体はロック、R&B、ブルース、ジャズなどさまざまな要素を取り入れながら美しいメロディーを聴かせる。ゲストのクレア・トリーが歌う“The Great Gig In The Sky”の感動的なスキャットをはじめ、多彩なコーラスやサックスのソロなど、官能的な音色が随所に使われていて、サウンドが凝っていても叙情性を失わない。エモーショナルな歌を軸に、バンド・サウンドとスタジオワークを融合してひとつの世界観を作り上げる〈狂気〉の試みには、後年のレディオヘッド『OK Computer』やフレーミング・リップス『The Soft Bulletin』などを連想せずにいられない。今回のリマスターを担当したのは、これまでにもピンク・フロイドの作品を手掛けてきたジェイムズ・ガスリー。細かい音まで聴こえて、アナログ的な柔らかさと奥行きを感じさせる素晴らしいリマスタリングで、本作の魅力を引き出している。

 ボックス収録のライヴ盤『The Dark Side Of The Moon -Live At Wembley Empire Pool, London, 1974』も必聴だ。単独でもリリースされる同作は2011年のボックスセットに収録された音源をリマスターしたもので、74年の〈狂気〉全曲演奏ライヴを収録。バンドはコーラス隊を従え、効果音も駆使してアルバムを再現しているが、デヴィッド・ギルモアの表情豊かなギターをはじめ、メンバーそれぞれのプレイがじっくり楽しめる。アナログでは面が違うために途切れていた“The Great Gig In The Sky”と“Money”を繋げるなど、ライヴのアレンジをしながらアルバムの世界観を保っているのも見事。今ライヴ盤には、名盤のみずみずしい姿が捉えられている。今回のリマスターとライヴ盤のリリースは、〈狂気〉という伝説を紐解く絶好の機会になるだろう。

左から、ボックス所収のライヴ盤を単独パッケージした『The Dark Side Of The Moon -Live At Wembley Empire Pool, London, 1974』(Legacy/ソニー)、7インチ紙ジャケット仕様の日本独自企画盤『The Dark Side Of The Moon』(ソニー)

ボックスセット内。2LP+2CD+2Blu-ray+DVD+7インチ2枚にブックレットが付いた豪華仕様!