ピンク・フロイドのギタリストが魅せた、伝説への敬意に溢れる熱演

 ピンク・フロイドのギタリスト、デヴィッド・ギルモアは、〈ピンク・フロイド〉という伝説を守り続けてきた。アルバムのコンセプトや歌詞を手掛けることが多かったロジャー・ウォーターズが85年に脱退してからは、ギルモアが中心となってバンドを存続。メンバーのリチャード・ライトが死去したことで2014年にフロイドは自然消滅するが、その後に発表したギルモアのソロ・アルバムにはかのバンドの手触りがある。

 昨年、9年ぶりに発表した新作『Luck And Strange』では、ギルモアはアルト・ジェイなどを手掛けた自身よりも若いプロデューサー、チャーリー・アンドリューを招き、スティーヴ・ガッドら腕利きミュージシャンに声を掛けた。〈老い〉や〈死〉といった身近な題材を歌詞に織り込んだアルバムはシンガー・ソングライター的な味わいがあり、娘のロマニーや息子のチャーリーが参加していることもパーソナルな雰囲気を感じさせた。そんなアルバムのリリース・ツアーを記録したのが今回の『The Luck And Strange Concerts』で、ローマ、ロンドン、LA、NYで行われたライヴのなかから選び抜かれた23曲が2枚組CDに収録されている。

DAVID GILMOUR 『The Luck And Strange Concert』 ソニー(2025)

 選曲は『Luck And Strange』を中心にしながら、ピンク・フロイドの代表曲も盛り込まれているのが嬉しい。Disc-1ではブルージーな“Luck And Strange”を聴いて、70年代のピンク・フロイドの味わいがあるな、と思っていたら、そこから74年の名盤『Dark Side Of The Moon』収録曲“Breathe (In The Air)”へ。イントロが流れた途端に会場がどよめく。以降は過去の曲が続くが、なかでも胸に沁みるのがアコースティック・ギターに持ち替えて演奏する“Wish You Were Here”だ。亡き友、シド・バレットに捧げた曲を情感たっぷりに歌い上げて、続く最新作の収録曲“Vita Brevis”で現在に帰還。タイムマシンのようにギルモアは半世紀という時間をひとっ飛びする。ギルモアらしい間を大切にしたギター・ソロは侘び寂びを感じさせて、音色のひとつひとつに重みがある。ロマニーがヴォーカルを担当した“Between Two Points”の演奏は娘とギターでデュエットしているようだ。

 Disc-2は10分を超える“Sorrow”で幕を開けるが、ギルモアのパワフルなギター・ソロが圧巻。Disc-2の選曲はロジャー・ウォーターズが脱退して以降のピンク・フロイドの曲やソロ作の曲が中心でギルモア色が濃厚だ。そんななか、唯一の70年代の楽曲“The Great Gig In The Sky”を厳かなアレンジで演奏して、そこからリチャード・ライトに捧げた“A Boat Lies Waiting”に繋げるのが感動的。そして、『Luck And Strange』収録曲を3曲続けてライヴを締め括る。代表作とはいえロジャー色が強い『The Wall』の曲はやらないのかな、と思っていたら、アンコールで“Comfortably Numb”を披露するというサプライズもあって、CD 2枚にわたってじっくりと聴かせるアルバムだ。

 また、本作と同時に、イタリアの古代ローマ時代の遺跡、チルコ・マッシモで行われたライヴをフル収録したBlu-ray 2枚組の映像作品「Live At The Circus Maximus」も登場。こちらは、Disc-1にライヴ本編、Disc-2にリハーサル風景やドキュメンタリー、MVなどを収録しており、この作品と『The Luck And Strange Concerts』を合わせた日本独自仕様のセットもリリースされる。古代遺跡といえば、かつてピンク・フロイドが71年にポンペイでやったライヴを思い出すが、変幻自在に変化するレーザーライトや巨大スクリーンを駆使、ヴィジュアルを通じて音楽を立体的に〈魅せる〉演出もピンク・フロイドのレガシーのひとつだ。ライヴ当時、ギルモアは78歳。これが最後になるかもしれない、という意気込みでツアーに挑んだに違いないが、ギターの演奏は力強いし歌声には張りがある。選曲や演奏からフロイドに対する思いも伝わってくる充実したライヴを、CDとBlu-rayでたっぷりと味わえるはずだ。

デヴィッド・ギルモアの2024年作『Luck And Strange』(Legacy)

ピンク・フロイドの最近の作品。
左から、ライヴ映像作品『Pink Floyd At Pompeii - MCMLXXII』、73年作の50周年記念盤『The Dark Side Of The Moon (50th Anniversary Remaster)』、12月12日にリリースされる75年作の50周年記念盤『Wish You Were Here (50th Anniversary Remaster)』(すべてLegacy)