ピンク・フロイドの伝説に刻まれしポンペイでのライヴが蘇る!!

 ピンク・フロイドがイタリアのポンペイを訪れ、円形劇場で無観客ライヴを撮影したのは71年10月。ロック・フェス〈箱根アフロディーテ〉に出演した伝説の初来日から2か月後、アルバム『Meddle(以下邦題:おせっかい)』がリリースされる1か月前のことだった。72年に映画祭で初めて公開された『Pink Floyd At Pompeii – MCMLXXII』は60分の作品だったが、その後『The Dark Side Of The Moon(狂気)』(73年)のレコーディング中にアビー・ロード・スタジオで撮影されたフッテージを追加、90分に拡大して74年に劇場公開され、彼らの代名詞となった重要な映像作品だ。そして2025年、同作が4Kレストア及びリミックスを施して、CD、LP、Blu-ray、DVDの各フォーマットで装いも新たにリリースされることになった。

PINK FLOYD 『Pink Floyd At Pompeii - MCMLXXII』 Legacy/ソニー(2025)

 

驚愕の美しい色合い

 2枚目のアルバム『A Saucerful Of Secrets(神秘)』(68年)のレコーディング中に、心身に変調をきたして活動に支障が出ていたシド・バレットがついに脱退。強力なフロントマンを欠いたバンドは、補強メンバーとして加入していたギタリストのデヴィッド・ギルモアと共にアルバムを仕上げた。このライヴでは同作のタイトル曲と“Set The Controls For The Heart Of The Sun”、68年12月のシングル“Point Me At The Sky”収録のB面曲で、『Ummagumma』(69年)にライヴ・ヴァージョンが入っていた“Careful With That Axe, Eugene”を演奏。『Atom Heart Mother(原子心母)』(70年)からは1曲も演っていないが、リリース目前だった『Meddle』からは“Echoes”と“One Of These Days”、そして“Seamus”をベースに新たに作られた〈犬がヴォーカル〉の小曲“Mademoiselle Nobs”(監督のエイドリアン・メイベンが知人から犬を借りてきて、ロンドンのスタジオで追加撮影)も披露している。ゲスト・ミュージシャンの助力なしで演奏可能な楽曲が並ぶ本作は、〈4ピースのピンク・フロイド〉としての魅力が詰まった、生々しいライヴ演奏を堪能できる貴重な記録だ。

 かつて本作をスクリーンで観た当時は粒子が粗く、フィルムの退色も気になったが、2000年代前半にDVD化された際に明度がいくらか改善された。しかし、それら旧版を体験してきた人が今回の4Kレストア版を観たら、あまりの変わりように驚愕するはず。メンバーの肌の色や空の青さ、木々の緑が自然な彩度になり、撮影当時はこんな色を狙っていたのだろうと納得できる色合いに調整されているのだ。長い間行方不明になっていたオリジナルの35mmネガを発見、1フレームごとに手作業で、〈極小の粒子レヴェルで修正を施した〉という精緻な映像は、旧版とは別物の感動を運んでくれる。よく見えない部分まで凝視しながら想像を巡らせていた時代を思い返すと、今回がポンペイ初体験になる世代が羨ましい限りだ。

 生まれ変わったのは映像だけではない。今回リミックスを担当したのは、ポーキュパイン・ツリーのスティーヴン・ウィルソン! これまで彼が手掛けてきたイエスやキング・クリムゾンのリミックスと同様に、楽曲の世界を損ねることなく、クリアかつ粒立ちのいいサウンドに仕上げた。父親に『The Dark Side Of The Moon』を何度も聴かされて洗脳されたという〈子〉の世代であるウィルソンは、〈私にとってのビートルズであり、私の音楽的DNAに深く刻み込まれている〉と、今回のプレス・リリースでフロイド愛を熱く語っている。Blu-rayに収録される5.1chミックス、ドルビー・アトモスのミックスもウィルソンの手によるものだ。

 CDとアナログ盤に収められた2つのボーナス・トラックにも触れておきたい。“Careful With That Axe, Eugene - Alternate Take”は、OKテイクと比較すると、ロジャー・ウォーターズの絶叫も含めて、全体的にややおとなしめな印象。よりパンチの効いたテイクが選ばれた、ということなのだろう。“A Saucerful Of Secrets – Unedited”はタイトルの通り、2分半ほど長い未編集ヴァージョン。ニック・メイスンのドラムが入ってくる前の、リック・ライトのオルガンを中心とした瞑想的な即興パートの全貌が明らかになった。

 ライヴを集中して観たいファンから〈蛇足だ〉と批判する声も上がっていた『The Dark Side Of The Moon』制作時の映像は、メニュー画面で外すことも可能だが、71〜72年にピンク・フロイドが試行錯誤していた様子が把握しやすい内容なので、一本のドキュメンタリーとして味わうことを筆者は推奨したい。メンバーの発言からは、この時点でもなおシド・バレット在籍時のイメージから逃れようと苦闘していたこと、新しい自分たちのサウンドを確立しようともがいていたことが伝わってきて、涙を誘う。