これは訓練ではない――いま世界に起きていることを音楽と演出で炙り出さんとする入魂のライヴが映像作品で登場! ピンク・フロイドの頭脳が問う、戦火の時代にすべきこととは?
ポスト・ロック元祖としてのフロイド
英国が誇るプログレッシヴ・ロックの雄、ピンク・フロイドはカリスマ的フロントマン、シド・バレットが68年に脱退した後、変わってベース/ヴォーカルのロジャー・ウォーターズが徐々にキーパーソンとなっていった。畢生の大作『The Wall』(79年)に代表されるコンセプチュアルな作品の多くは、彼の主導により制作されたものだ。ウォーターズは創作にあたって、常に社会や政治に目を向け、その欺瞞に対する激しい怒りをアルバム制作のモチヴェーションとしてきた。
ウォーターズは2022年から2023年にかけて全99公演にも及ぶフェアウェル・ツアーを敢行。そのうち、2023年5月のプラハでの公演を収めた『This Is Not A Drill - Live From Prague』が、このたび、2CD+Blu-rayの3枚組、さらに7インチ紙ジャケット仕様という日本独自のパッケージでリリースされる。
1943年生まれのウォーターズにとって、2017年5月に始めた〈Us+Them〉が最後の大規模なツアーになることも示唆されていた。だが、彼は帰ってきた。皮肉めいたことだが、世界情勢が混迷を極めると、ロジャーの創作意欲は刺激/鼓舞される。不条理な暴力の連鎖が引き起こす怒りが、彼の制作の推進力と活力源になっているのである。ロシアのウクライナ侵攻やガザ地区でのジェノサイドが止まないいま、彼の意見や主張は極めて切実なものとして響く。
ちなみに、ソロ転向後の彼の歩みはどうだったのか。92年のサード・アルバム『Amused To Death』は、中国の民主化要求を抑圧した天安門事件やイラクのクウェート侵攻に端を発する湾岸戦争が制作の契機となっている。歌詞は相変わらずメッセージ性の強い内容だが、イギリスのアルバム・チャートでは8位、アメリカでは21位を記録。そして最新のスタジオ盤は2017年の『Is This The Life We Really Want?』。レコーディング中、ドナルド・トランプがアメリカ大統領に就任したため、とりわけ戦争ビジネスとそれを推進しようとするアメリカ第一主義に対しての具体的な批判が込められていた。
ただし、独裁や分断に警鐘を鳴らすシリアスな発信者としての彼にのみ当てるのも、それはそれで一面的な見方なのではないか、という気もしてしまう。例えば、本作を観れば/聴けば、サウンド面での飛躍的なアップデートが計られていることがわかるだろう。そもそも『Is This The Life We Really Want?』は、プロデュースにフロイドの影響下にあるレディオヘッドを手掛けてきたナイジェル・ゴッドリッチを起用。このことがウォーターズの音楽性に与えた影響は計り知れない。
従って、本作は映像も音源も、いわゆるポスト・ロックを予見していたようなフロイドの尖鋭性をさらに研ぎ澄ませたようなサウンドに満ちている。奥行きと深みのある音像や、フォークやブルースを消化しながらも懐古趣味に堕することのない曲調は、それこそレディオヘッドを愛聴するような層のリスナーをも惹き付けるだろう。ポスト・ロックの元祖、ここにありといったところだ。
ツアー・メンバーも、ウォーターズよりも下の世代が活躍している。ドラムのジョーイ・ワロンカーはベックやスマッシング・パンプキンズ、R.E.M.、ノラ・ジョーンズ、アデルなどの作品に参加してきた。彼はレディオヘッドのトム・ヨーク、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのフリーらが集ったスーパー・バンド=アトムス・フォー・ピースのメンバーでもあり、ゴッドリッチとは長い付き合いだ。ベースのガス・サイファードもやはりノラ・ジョーンズやベックなどの作品に参加している。彼らの瑞々しくアクティヴな演奏が、今回の作品に動的なフィーリングを与えているのは間違いない。