CAN YOU PHIL IT?
蓮沼執太の指揮するフィルハーモニック・ポップ・オーケストラがニュー・アルバムを完成! 共在をテーマに人と人が奏でる豊かな音の言葉は、この時代を生きる心の一つ一つに響くもので……

蓮沼執太フィル 『symphil|シンフィル』 B.J.L. × AWDR/LR2(2023)

 

〈共にある〉ということの意味を問いかけてくる

 フルフィルを挟んで約5年ぶりとなる新作はタイトル通りの〈新しいフィル〉を強く感じさせる作品に。これまでのフィルは生楽器のアンサンブルを基調としていたが、本作はそこにシンセやエレドラ、さらにはポスト・プロダクションが加わることで、電子音と生演奏が融合した独自のサウンド・デザインを展開。蓮沼によるエレクトロニカ風のトラックに、千葉広樹のアレンジによる弦楽四重奏が乗る“ずっとIMI”は本作ならではの仕上がりで、笙/雅楽奏者の音無史哉の参加によって、アンビエント感も強まっている。木下美紗都に代わってヴォーカルを務める三浦千明だけでなく、xiangyuと羊文学の塩塚モエカがラップや歌で参加し、蓮沼と声を重ねることで作品がよりカラフルになる一方、2022年3月の大規模停電時に作られたという11分に及ぶリリカルな大曲“BLACKOUT”のようなインストも聴き応え十分だ。〈sym〉には〈共に〉、〈phil〉には〈何かを愛する〉という意味もあり、コロナ禍で人と人との距離が遠ざけられた時代の先で、本作は〈共にある〉ということの意味をもう一度問いかけてくる。 *金子厚武

 


この世界の映し鏡

 蓮沼執太率いる15人組オーケストラが5年ぶりに帰還。とはいえ、日比谷野音でのワンマンや〈フジロック〉への出演、配信シングルの発表など、コロナ禍においても彼らはアクティヴに活動してきた。〈自分と他者の存在を認め合い、共生すること〉という本作のコンセプトもまた、思想と価値観の違いが多くの局面で露呈せずにはいられなかった、この数年を見つめていたがゆえのものだろう。目を引くのは、羊文学“マヨイガ”の蓮沼フィルによるリワークも収録されていること。同曲の制作がアルバムの方向性を決定した面もあったそうで、確かに〈未来を今始めよう〉という前向きな言葉が、華やかで躍動的なアンサンブルと渾然一体となって疾走してくる様の昂揚感は、作品全体の通奏低音となっている。さまざまな声が飛び交い、色とりどりの弦が舞っては管が風を吹かす。打楽器とエレクトロニクスは足音のようで、心音のようでもある。そうした音のひとつひとつが楽曲のなかで暮らしているように感じさせる本作は、いろいろな人が住むこの世界の映し鏡だ。あらゆる生命を祝福し、出会いと別れを歓び、〈わたし1人〉の日常を讃える――そんなミクロでマクロな傑作。 *田中亮太