1. 蓮沼執太フィルこと蓮沼執太フィルハーモニック・オーケストラ。メンバーは蓮沼執太(指揮/作曲/キーボード/ヴォーカル)を筆頭に、石塚周太(ベース/ギター)、イトケン(ドラムス/シンセサイザー)、大谷能生(サックス)、葛西敏彦(PA)、木下美紗都(コーラス)、K-Ta(マリンバ)、小林うてな(スティールパン)、ゴンドウトモヒコ(ユーフォニアム)、斉藤亮輔(ギター)、Jimanica(ドラムス)、環ROY(ラップ)、千葉広樹(ヴァイオリン/ベース)、手島絵里子(ヴィオラ)、宮地夏海(フルート)、三浦千明(フリューゲルホルン/グロッケンシュピール) の総勢16名。そんな蓮沼フィルから2014年の『時が奏でる』以来、4年半ぶりとなる待望のセカンド・アルバムが届けられた。
2. 振り返ってみれば、蓮沼フィルのライヴ演奏はどれもユニークでコンセプチュアル。演奏の場を限定せず、美術館とのコラボレーションやワークショップも含んだツアー〈時が奏でる、そして僕らも奏でる〉(2014年)。そのツアーの東京公演として、対面型と全方位型のコンサートを開催した〈音楽からとんでみる4〉(2014年)。来場者に新曲の音源を配布した〈Meeting Place〉(2017年)。リハーサルを一般公開した草月ホールでの〈東京ジャクスタ〉(2018年)。
3. それらの試みは、音楽を〈いま、ここ〉の聴き手と共有するコンサート/ライヴを実験の場として捉え、場合によっては聴き手も〈共演者〉として見做し、ライヴ演奏の未知の可能性を探究するようとするアティテュードとして映る。蓮沼フィルが奏でる優しい響きを持つ音楽と比べて、その姿勢は実にカッティングエッジだと言えるだろう。ちなみに、本作のリリースを記念した8月のコンサート〈フルフォニー〉では、オーディションで選ばれた10人のメンバーを迎えた〈蓮沼執太フルフィル〉編成で、オーディエンスも〈発音体〉と捉えるパフォーマンスを展開するとか。どこまでもコンセプチュアルで、どこか予測不能で、遊び心と飽くなき実験精神とを兼ね備えた蓮沼フィルの挑戦は続く。
4. コンサートでの挑戦を続ける彼/彼女らの新作『アントロポセン』は、一連の取り組みで得たものを録音へと反映させたであろう充実のアルバムとなっている。ユニゾンするヴォーカルのシンプルな重なりは、親しみやすいメロディーラインをなぞり、楽曲の芯をなす。スティールパンやグロッケンの響きは開放感をもたらし、ユーモアを感じさせる。2人のドラマーが軽やかにビートを織りなす“Meeting Place”、リズムの実験をポップに聴かせる“Juxtaposition with Tokyo”、ポエトリー・リーディングがラップのようなグルーヴを生む“TIME”や“NEW”などなど、聴きどころはあまりにも多く、アプローチは実に多様。聴き込むほどに新たな発見や細かな気づきに驚かされる作品となっている。
5. いわゆる現代音楽や室内楽のポップ化という点では、ペンギン・カフェ・オーケストラなど多くの先駆者や作品が挙げられる。しかし、ソウル・ミュージックやR&B、さらにラップをもナチュラルに取り込み、ポピュラー音楽と非ポピュラー音楽の博覧強記とも言えるような圧倒的な折衷性を軽やかに、なめらかに、ポップに聴かせるという点では、現在の蓮沼フィルは唯一無二の存在だ。
6. 歌詞のテーマとして頻出する人間の生、コンサートで試みられる実験や、それぞれ活躍するフィールドはバラバラな音楽家たちがひとつのバンドでいちどきに演奏するライヴ性。その2点を踏まえ、蓮沼フィルの音楽はまさに〈ライヴ・ミュージック〉だと言えるだろう。