みなさんこんにちは、八木皓平です。前回の〈インディー・ロック~クラシック音楽の地殻変動を象徴する音楽家、サン・ラックスの歩み〉は、連載第1回ということで気合が入り過ぎたせいか、長尺かつ濃密な記事だったのでどう受け止められるか不安でしたが、アップ後は多くの好評をいただけたので、とても嬉しかったです。この第2回はもうちょっとソフトにしようかなと思っていたのですが、またしても気合が入り過ぎまして長尺&濃密になってしまいました(笑)。貼ってある音源をチェックしながらゆっくり楽しんでいただければ幸いです。
今回のテーマは〈日本におけるミニマル・ミュージックの展開〉です。なぜ、いまミニマル・ミュージック?という疑問を持たれた方もいらっしゃるかもしれません。ですが最近、(前回紹介した)インディー・クラシックやジャズのラージ・アンサンブルを聴いていますと、その中にはミニマル・ミュージックの要素を取り入れているように思える楽曲が多々あり、それが一つの傾向を形作っているようにさえ感じました。
そこからぼくの中で〈ミニマル・ミュージックの他ジャンルへの応用〉というポイントに対する関心がふつふつと湧いてきたのです。また、チェンバー・ミュージックの外に目を向けても、例えば英米のポスト・ロックの中で、ミニマル・ミュージックの影響を受けた新鮮な音楽を作っているバンドは以前から散見されており、これもまたポスト・ロックというジャンルの中のユニークな方法論となっているように思えます。
このように海外では、ミニマル・ミュージックの影響を現在進行形で、さまざまな音楽を通して聴き取ることを可能にするような状況が、ぼくにとっては以前よりもクリアに見えてきました。そこで〈ミニマル・ミュージックの他ジャンルへの応用〉で何か書けないだろうかと考えてみたところ、ここらで一度自分なりに日本国内においてミニマル・ミュージックの影響がどのように息づいているのかをまとめてみたいという想いに行き当たり、〈日本におけるミニマル・ミュージックの展開〉というテーマに至ったというわけです。
なんか難しそう!と思った方もいるかもしれませんが、別にミニマル・ミュージックの詳しい知識が無くても十分に楽しめるようになっていますのでご安心ください。本稿のテーマであるミニマル・ミュージックについて、定義から説明しだすといつまでたっても話が進みませんので、ここでのミニマル・ミュージックとは次のような曲を指していると思ってください。
ミニマル・ミュージックの第一人者であるスティーヴ・ライヒの代表曲“18人の音楽家のための音楽”です。ミニマル・ミュージックを語るうえでまず挙げられる曲であり、有名な曲なのでご存知の方も多いと思います。この曲は最初の数分間を聴けばわかるように、複数の楽器が一定のパルス/リズムで反復的に鳴らされ、時間が経つにつれて音のレイヤーが微妙に変化していくことで構成されています。
この極めて洗練された美しいフォルムは現代の音楽にジャンルを越えて多大な影響を与えており、日本でもそのスタイルを取り入れることでユニークな楽曲を産み出しているミュージシャンがたくさんいます。この記事では、国内の第一線で活躍しながら、ミニマル・ミュージックの影響を反映した楽曲を作ったアクトを紹介していこうと思います。チョイスには頭を悩ませられましたが、結果5組のアクトに絞ることにしました。
※この5組をセレクトした理由として、〈それぞれ音楽的傾向/出自がかなり異なっていること〉と〈セレクトしたアクトの中でさまざまな比較が可能である〉という2点を重視しています。まったく違った種類の音楽を作っているように映る彼らを、ミニマル・ミュージックという観点で比較しながら聴いてみることで、それまで気づかなかった共通点/相違点を発見し、それぞれの音楽の聴取がより豊かになるのではないかと考えたからです。
トップバッターはAureoleです。彼らが今年の6月にリリースした『Spinal Reflex』は、ずばりミニマル・ミュージックとJ-Rockのミキシングがコンセプトであるように感じられました。この新作についてのレビューはぼくが以前noteに書いているので(記事はこちら)、ここではミニマル・ミュージック的な要素に焦点を当てながら簡潔に紹介します。
Aureoleはわかりやすく言えば、レディオヘッド~シガー・ロス~ムームといった、ポスト・ロック/エレクトロニカ周辺のサウンドを巧みに咀嚼した上でオリジナリティーあふれるポップ・ミュージックを提示してきたバンドで、日本におけるポスト・ロック/エレクトロニカ需要がもたらした最良の成果の一つといえます。そんな彼らの新譜『Spinal Reflex』は、彼らがこれまでに構築してきたどこかファンタジックなエレクトロニカ・サウンドから、フィジカリティーを強調したロック・バンド的なダイナミズムを強く打ち出すものへと変貌しました。そして、そのフィジカリティーの提示方法として、彼らはミニマル・ミュージックとJ-Rockのミキシングを選択したといえます。“Core”を聴けば、そこから響いてくるミニマル・ミュージックの要素が容易に聴き取れることでしょう。各々の楽器によるミニマルなフレーズが高速でリフレインされる緻密な構造に、トム・ヨークを思わせるヴォーカルが緩やかに乗り、圧倒的なダイナミズムを獲得しています。
さらに“I”を聴けば、ロック・バンドのフォーマットをミニマル・ミュージックの文脈にうまく落とし込んでいることがはっきりわかるでしょう。ハイ・スピードでエネルギッシュなリズムの絡み合いが、バンド・ミュージックとミニマル・ミュージックの矛盾のない融合を可能にしています。
goatを率いているのは、関西アンダーグラウンド・シーンでめきめきと頭角を現している日野浩志郎です。彼はソロ名義のYPY、バンドbonanzasのコンポーザーとしても活動を行っており、カセットテープ・レーベル〈birdFriend〉の主宰を務めるなど、日本の音楽シーンの最先端で活動を展開している、たいへん才能のある音楽家です。今年新作『Rhythm & Sound』をリリースしたgoatは、そんな彼のメイン・プロジェクトといえる4人組です。
goatのユニークな点は、モノクロームな音色で獰猛なミニマル・ミュージックを奏でているところにあります。ギターのミュート音やドラムのリム・ショットをはじめとした、脱色化された音色を巧みに操ることでクールなダイナミズムを産み出しており、Aureoleにおけるミニマル・ミュージックのファクターと比較すると互いのアプローチの違いがよくわかると思います。日野浩志郎は影響を受けた音楽としてモーリッツ・フォン・オズワルドを挙げていますが、goatを聴けばそれがすんなりと理解できますし、ミニマル・テクノのバンド・ミュージックへの援用がとてもラディカルな形で行われていることを感じることができます(この点に第1回でも少し触れた、バンド・ミュージックによるフィジカリティーの更新を読み取っても面白いかもしれません)。
スティーヴ・ライヒといえば、とても洗練された形で多彩な音色を融合させているイメージですが、たとえば“Drumming”のようなドラムのみを使用した楽曲などは、goatとも近いところにあるような音楽にも聴こえます。
ミニマル・ミュージックをポップ・ミュージックの文脈に組み込んでいる日本の音楽家といえばトクマルシューゴでしょう。彼は2012年作の『In Focus?』以来ソロ名義のフルアルバムをリリースしていないため、最新の音楽を紹介するというこのブログの主旨から多少ズレますが、国内におけるミニマル・ミュージックの継承者としては外すことができない存在ですので今回取り上げさせていただきました。
そのユニークな音楽性は、フォーク~ミニマル・ミュージック~トイ・ポップを絶妙な按配で溶け合わせたものです。ミニマル・ミュージックの洗練された固いフォルムが、トイ・ポップ的なインストゥルメントのキュートで多彩な音色によって柔らかく崩され、そこにフォーク・ミュージックのポップネスを溶かし込むことによって出来上がるサウンド・デザインは他に類を見ないものになっています。
トイポップといえばパスカル・コムラード的な、ポップとエクスペリメンタルの狭間を行き来するサウンドを思い浮かべる人も多いかと思いますが、トクマルシューゴは抜群のセンスでトイ・ポップの角を取り除き、丸みを帯びたサウンドに仕立て上げています。そこに骨格を与えるのがミニマル・ミュージックのフォルムと、アコースティック楽器/トイ楽器の反復が織り成すリズムと音色のレイヤリングです。そうすることで、数分間の短い楽曲の中にミニマル・ミュージックの要素を導入しています。Aureoleもそうですが、ポップ・ミュージックにミニマル・ミュージックを落とし込む際には、ミニマル・ミュージックのフォルムはそのままにして質感を残しつつ、サイズをコンパクトにする傾向があります。
Yuki Matsumuraは高知県出身の電子音楽家で、今年の2月にファースト・アルバム『Without a break』をリリースしました。電子音楽のアブストラクトな構造とテクノ・ミュージックの快楽的(この〈快楽〉とはダンス・ミュージック的機能性とは別種のものです)なビートを見事に融合させることに成功している本作は、電子音楽ラヴァ―たちだけではなく、文脈を越えて新しモノ好きのリスナーたちのハートを掴みました。
また、アルバム収録曲“Solo Scum”のMVがBerlin Music Video Awards 2015のBest Experimental部門で第3位に輝くといったトピックもあり、まさに大注目の新人といっても良いでしょう。MVの製作はJumpei Mukaiで、他にdowny“曦ヲ見ヨ!”のMVも有名です。
今やもう長い歴史を持っているといえる電子音楽というジャンルはその一部に、電子音やノイズが織り成すリズムのレイヤリング・ミュージックという側面を持っているように見受けられます。そうしますと必然的にミニマル・ミュージック的な音楽との距離感が近い楽曲がそこから産まれることもあるでしょうし、また、例えばジム・オルークによるラップ・トップ・ミュージック“I'm Happy”(2001年作『I'm Happy And I'm Singing And A 1, 2, 3, 4』収録)のようにモロにミニマル・ミュージックを意識して作られているように思える音楽もあり、電子音楽とミニマル・ミュージックの関係は切っても切れないものといえるのではないでしょうか。
Yuki Matsumuraの作品の中にも、随所にミニマル・ミュージック的な要素が聴き取れるのですが、今回着目したいのは『Without a break』の最終曲“Connect The Rhythm”です。
タイトル通り、この楽曲は電子音/ノイズによるリズム・ミュージックとなっており、同時にアルバムのラストを飾るにふさわしい、Yuki Matsumuraの1つの到達点といえるでしょう。テクノ・ビートとグリッチ・ノイズ、電子音が織り成すリズムが構築するパーフェクトなレイヤリングにはただただ圧倒されます。goatの音楽もある意味ではノイズ的な要素を使ったモノクロームなミニマル・ミュージックなのでバンド・ミュージックとデジタル・ミュージックという違いはありますが、Yuki Matsumuraの楽曲と比較しながら聴いてみるのも面白いのではないでしょうか。
フィールド・レコーディング~フォークトロニカ~電子音響といったエクスペリメンタル・ミュージックからスタートし、キャリアを重ねるごとにその活動の幅を広げ、若くして日本を代表する音楽家なった蓮沼執太が、2010年に結成したのがこの蓮沼執太フィルです。
蓮沼執太フィルは環ROY(ラップ)、木下美紗都(コーラス)、大谷能生(サックス)、ゴンドウトモヒコ(ユーフォニウム)、手島絵里子(Viola)など、非常に豪華な総勢15人のメンバーによって形成されており、2014年にアルバム『時が奏でる』をリリースしています。本稿ではミニマル・ミュージックとリンクしている楽曲について指摘してきましたが、この作品に収録されている“ZERO CONCERTO”がもっともその繋がりがわかりやすいのではないでしょうか。
この曲には多様な楽器による豊かな音色のハーモニーや複層的なリズムが織り成すミニマル・ミュージックの旨味がぎっしり詰まっているだけでなく、ヴォーカル/ラップをその中に巧みに盛り込み、矛盾を感じさせることなく至高のポップ・ミュージックとして昇華してみせるその才能には脱帽せざるをえません。そしてこのポップネスは、トクマルシューゴにおけるそれとはまた違ったアプローチがなされていますので、ミニマル・ミュージックをポップ・ミュージックへ導入する際の方法論のバリエーションを確認することができるかと思います。蓮沼執太は、“Flying LOVE”のようにソロ名義の作品でもフィルハーモニーを思わせる、点描的でありながらシンフォニックな電子音楽を作っていますので、ソロ時代から彼の音楽を追ってきた人にとってもそこまで違和感はないのでは。実際に蓮沼執太フィルはソロ曲をフィル・バージョンにすることもあり(むしろ最初はそれがメインでした)、ソロ楽曲と比較しながら聴くのも楽しいです。
また、“Flying LOVE”を聴く際にはぜひ下の動画を観ていただきたいです。画面を横に流れてゆく、北川陽子の手によるテキスト〈ZERO CONCERTO・INSPIRE〉が楽曲の感動を何倍にも増幅させることでしょう。
さて、いかがでしたでしょうか。この記事を読んだ方々に、ミニマル・ミュージックの魅力と汎用性を再確認していただければ幸いです。ぼくが知らないところにもミニマル・ミュージックの影響を受けた日本の音楽がたくさんあると思いますし、そういう視点から色々探してみるとまた、音楽の聴き方が変わって楽しいかもしれません。