コーチェラでラテン音楽を堂々とレペゼンしたバッド・バニー
すごいものを観た、と思った。今年、2023年の〈コーチェラ・フェスティバル〉のヘッドライナーを務めたバッド・バニーのステージだ。それは、端的に言って、ラテンアメリカの音楽を堂々とレプリゼントするものだった。
バッド・バニーは、ラテンの、そしてスペイン語圏のアーティストとして、史上初めて〈コーチェラ〉のヘッドライナーになった。ちなみに、フランク・オーシャンと並ぶもう一組のヘッドライナーであるBLACKPINKも、K-Popアーティストとしては初だ。
昨日4月15日、米現地時間では4月14日、YouTubeで世界に向けてストリーミングされたラインナップのなかには、ナイジェリアのアフロビーツスターであるバーナ・ボーイや〈アマピアノのプリンセス〉の異名をとる南アフリカのアンクル・ワッフルズもおり、非欧米圏のアーティストの活躍が目立った。宇多田ヒカルや、サプライズで復活を果たした2NE1を招聘して東アジアのポップミュージックをレプリゼントした、88risingによる2022年のステージも忘れがたい。とにかく、世界屈指の音楽フェスティバルである〈コーチェラ〉に出演するアーティストの地域やエスニシティの多様性が、いよいよ(ようやく)目立つようになってきている。
英語かスペイン語、どっちでしゃべるのがいい?
そんななか、バッド・バニーのライブにおける演出とパフォーマンスは、ラテンアメリカの音楽や音楽文化を一身に背負って、コロラドの砂漠に集まったオーディエンスと配信で観ている世界の視聴者に、それらを力強く伝えるものだった。当日はYouTubeで、リアルタイムで観ながら興奮したが、どんなステージだったのか、プレイバックを確認しながら振り返ってみた。
ライブはバッド・バニーの輝かしいキャリアを讃えるビデオで幕開けし、まずは2022年の大ヒットアルバム『Un Verano Si Ti』からアッパーなレゲトン“Tití Me Preguntó”でスタートした(2時間のセットリストは、今のところの最新作である同作の収録曲とヒット曲、代表曲を中心に構成されていた)。多数のダンサーを従え、冒頭から気合いの入った歌いっぷりと、彼を取り囲むオーディエンスのシンガロングの力強さに圧倒される。
ドリーミーなトラップとエレクトロポップを折衷した“Neverita”を歌ったあと、セットの転換中にバッド・バニーはMCを行った。「英語かスペイン語、どっちでしゃべるのがいい?」と観客に問いかけるベニート。「エスパニョール!!」と、力強くそれに返答するオーディエンス。そして、ボサノバの名曲“イパネマの娘”を引用した“Si Veo A Tu Mamá”へ。
これが私たちを作った音楽
重要なのは――セットなどの転換のためでもあるのだろう――二度挟まれたインタールードだ。ハウス風にアレンジされたヒットソング“Te Boté”(2018年)のあとに、最初のインタールードがあった。詳しく見ていこう。
「これが、私たちを作った音楽だ」というナレーターの声とともに映像が始まり、「コンゴ由来のドラムがプエルトリコへ、ナイジェリア由来のドラムがキューバへ……」と、ラテン音楽の歴史が語られていく。「ボンバとルンバ、抵抗のためのダンス、キューバのソン」。
それらの音楽で演奏される楽器が紹介されたあとに続いたのは、「20世紀に入ると、これらの音楽はるつぼと化した。1930、1940、1950年代に、それらは花開いた」という言葉。そして、ラファエル・エルナンデス(Rafael Hernández)、シルヴィア・レクサーチ(Sylvia Rexach)、ペドロ・フローレス(Pedro Flores)、ダニエル・サントス(Daniel Santos)、ボビー・カポ(Bobby Capó)、カルメン・デリア・ディピニ(Carmen Delia Dipini)、ミルタ・シルヴァ(Myrta Silva)、ルス・フェルナンデス(Ruth Fernández)と、プエルトリコの偉大な音楽家たちが写真や映像とともに紹介されていった。
現代の日本人にはなかなかなじみの薄い名前ばかりかもしれないが、ラファエル・エルナンデスは高校野球の定番応援曲“El Cumbanchero”の作曲家として知られている。吹奏楽部に所属していた者であれば、演奏したことがあるかもしれない。
ナレーターは、「ボレロのトリオやヒバロ。コルティーホとマエロ(イスマエル・リベラのこと)は、人々の声とブラックミュージックのパワーになった。一方、キューバではマンボ、チャチャチャ、グァグァンコ(guaguancó)、ワラチャ(guaracha)が流行。60年代には、クラーベ(サルサなどのリズムパターン)が〈道〉となって、2つの島の子どもたちははるばるNYCへ」と続ける。NYサルサの誕生である。
さらに、サルサの巨人たちが挙げられていく。ファニアの輝かしき面々――エクトル・ラボー(Héctor Lavoe)、ウィリー・コローン(Willie Colón)、ジョニー・パチェーコ(Johnny Pacheco)、エディ・パルミエリ(Eddie Palmieri)、ティト・プエンテ(Tito Puente)、セリア・クルース(Celia Cruz)、ラ・ルーペ(La Lupe)。「しかし、これらの音楽はこの先も続いていった。私たちを作った音楽は、けっして終わらないから」。
映像と音楽がフェイドアウトしていくなかでクラーベのリズムが強調されていき、サルサダンスのパフォーマンスになだれ込んでいった。ここに来て、バッド・バニーが多数のダンサーとともにパフォーマンスしていた意味に気づく(もちろん、ダンサーを従えたパフォーマンスは、定石ではあるが)。そう、ラテンミュージックは、今も昔も、ダンスカルチャーと切っても切り離せないものなのだ。