現在進行形の〈ラテン・インヴェイジョン〉
レゲトンにラテン・トラップ――ラテン・アメリカ発のポップ・ミュージックが、いま存在感を増している。ラテン音楽に意識的に触れようとしなくても、海外のポップ・ミュージックを聴いているリスナーにとって、それはいつのまにか耳にしている音楽になっているのだ。
そう、いま起こっていることはまさに、何度目かの〈ラテン・インヴェイジョン〉。しかも、これまでとは規模も深度も桁違いのものである。
今回は、ここに選んだ10曲から、近年のラテン系ポップ・ミュージックの概況を紹介したいと思う。
ラテン・ポップ? ラテン・アーバン?
まずはジャンル名について。本稿で紹介する音楽は、基本的にレゲトンとラテン・トラップだ。
タイトルにはわかりやすさを優先して〈ラテン・ポップ〉と掲げたものの、一般的にラテン・ポップ(Latin pop)とされる音楽は、シャキーラやリッキー・マーティンのようなアーティストに代表される、欧米のポップ・ミュージック寄りのもの。なので、厳密にはちょっとちがう、ということを確認しておきたい(もちろん、ラテン・ポップを包括的なカテゴリーとして捉える向きもある)。
レゲトンやラテン・トラップ、あるいはデンボウ※などを包括するジャンル名としては、〈ラテン・アーバン〉を意味する〈ウルバーノ(urbano)〉がある。実際、レゲトンやラテン・トラップは、アメリカで〈アーバン・コンテンポラリー〉に分類されるヒップホップやR&Bから強く影響を受けているので、この呼称はとてもわかりやすい。
しかし、現在〈アーバン(urban)〉というカテゴライズに埋め込まれた人種差別的な構造が問題視され、廃止に向かいつつある。それを受けて、〈ウルバーノ〉という用語も議論の対象になっているようだ。なので、〈ラテン・アーバン〉や〈ウルバーノ〉という言葉の使用を避けた次第である。
レゲトンとラテン・トラップの音楽性
個々のジャンルの音楽性を見てみよう。
レゲトンは、90年代にダンスホール・レゲエから発展したプエルトリコの音楽だ。基本的には、〈トレシージョ※〉と呼ばれる〈3-3-2〉のリズムをスネア・ドラムやウワモノが刻み、バス・ドラムが4分の4拍子で鳴らされるリズムを特徴とする。
さらにレゲトンについては、アメリカのヒップホップから強く影響を受けていることも重要だ。
“Gasolina”(2004年)などのヒット・ソングを連発した〈レゲトンの王〉ことダディ・ヤンキーやニッキー・ジャムらの躍進は、2000年代にレゲトンをアメリカやヨーロッパに紹介する役割を果たした。当時の受容や盛り上がりについては、2005年のbounceの特集などから伝わってくる。
他方、ラテン・トラップは米アトランタのヒップホップであるトラップのプエルトリコ版と言っていい。バッド・バニーは、その代表的なアーティストだ。
アトランタ・トラップのスタイルや音楽性に倣いつつ、そこにスペイン語によるラップを乗せ、さらにレゲトンから影響を受けたプエルトリコのストリート・ミュージックであるラテン・トラップ。その最初期の例は“El Pistolón”(2007年)だ、とオスナは語っている。
レゲトンとラテン・トラップは、音楽ジャンルとしては異なっている。聴いてもらえればわかるとおり、スタイルもちがう。しかし、両ジャンルにまたがって活動しているアーティストは多く、レゲトン・シンガーがラテン・トラップでラップすることも、ラテン・トラップのラッパーがレゲトンで歌うことも少なくない。