岡本太郎のパワーを感じる不思議な空間

――このアトリエで録音を始めた頃から今までに、収録の方法は変わりましたか?

小泉「少しずつですね。この場所の響きをうまく録れるよう、絶えず試行錯誤しながらやっています。たとえば、なるべくリバーブをかけずに済むような方向を模索してきた結果、最新のものではほとんどリバーブをかけていません。スタジオ盤とは違う雰囲気やニュアンスというか、みんながひとつの場所で顔を見ながら一緒に演奏しているからこそ生まれるものを届けたいんですよね」

(この記事のために、小泉さんからマイクのセッティングの貴重な写真をご提供いただいた。ぜひご覧ください)

3rd Seasonレコーディングの様子。2Fからもバックアップ録音。(ただしこの音は不使用)

4th Season ピアノ録音のセッティング。背面空間を確保して背面からをメインとしている。

5th Seasonを2Fから。

6th Season梵鐘『歓喜』の録音風景。

Airのレコーディングに使われた機器類。

9th Seasonの配置。ピアノの下蓋は開けることもあれば、閉めることもある。

11th Seasonで使用されたマイク達。

12th Season 安定したサウンドを求めてNeumann MCMクリップマイクが導入された。

平野「ピアノにしても、100年前のアップライトですから、大ホールにある立派なコンサートグランドとは全く違います。あのキラキラしたゴージャスで粒立ちのいい音とは張り合ってもしょうがない。でも逆にいえば、コンサートグランドでは逆立ちしても出せない音が出る。良い悪いじゃなくて、ハナから性格が違うんです。

つまりは、ブースに入って、共演者の音をヘッドホンで聴きながら作り上げていくスタジオのスタイルと、このアトリエに相応しい音作りのスタイルは全くの別物。ぼくははっきり分けて考えています。あたたかい空気感のもとで聴いて欲しいサウンドのときに、ぼくはこの場所を選んでいるんです」

小泉「今日改めて思ったのは、このアトリエがすごく不思議な空間だということ。最初にこの場所に来た頃は、皆さんと同じように、岡本太郎さんといえば〈太陽の塔をつくった人〉くらいのことしか知りませんでした。でも、何度も来ているうちに、そして何度もここで録音していくうちに、なんだかだんだん太郎さんのことが好きになってくるんです(笑)。太郎さんのパワーを感じるというか……それは他の場所にはない、このアトリエだけのものだと思うんですね。もしかしたら、それは演奏にも出るのかもしれないし……。やっぱり場所自体が特別であり、力を持っているんじゃないかと思っています。このアルバムを最初から最後まで聴いてもらったら、それを感じてもらえるかもしれないなと」

――フリーインプロビゼーションといっても、例えばこの空間で目を開けたら、太郎さんのアートに囲まれている状態であるわけで、当然何かがプレイに刺激を与えるのではないかと想像します。

平野「そうですね。ただしそれは、〈太郎の空間だからこういう演奏になりました〉というような、意識的・自覚的なことではないと思うんですね。そういうロジカルな話ではないと思うし、じっさいプレイヤーは演奏に集中しているから、そんなことを考える余裕はないはず。

それでも、人間の眼って極めて広角だから、意識していない、見ているつもりはなくても、自分を取り巻く空間のかなりの部分が視野に入っているし、その映像信号はちゃんと脳に届いています。つまり、プレイヤー自身は〈TARO空間〉を観ているつもりはないし、意識は違うところに向かっているはずだけど、視覚情報は無意識のうちに脳に到達している。

だって自分自身をTAROが包み込んでいるわけでしょ? こんな特殊な環境はまずないですからね。それが何らかの刺激になっていることは間違いないでしょう」

 

世界に類例がないソロのコンピレーションアルバム

――その中から、あえてソロ演奏ばかりを選んだのが『Alone at TARO’s Atelier』ですね。

平野「ソロだけのコンピレーションは画期的だし、なんといっても演奏がほんとうに素晴らしいので、多くのジャズファンに聴いて欲しくて」

――そうですね。ハービー・ハンックやチック・コリアなど有名ピアニストが1曲ずつソロで演奏した『スペシャル・トリビュート・トゥ・ビル・エヴァンス(Bill Evans: A Tribute)』は、人気要素の組み合わせですから、商品化もしやすかったはずです。でも、バスクラリネットやトランペットのフリーインプロビゼーションも含まれるアルバムは日本初だと思います。

平野「『Bill Evans: A Tribute』は、ソロのコンピレーションといってもピアノなので特別な感じはしませんが、今回のアルバムは収録曲の半分が管楽器とベースのソロ。世界にもほとんど類例がないはずだから、面白いと思ったんです。

もっとも、ただの寄せ集めのレベルに終わったら作品化する意味はありません。1枚を通して聴いたときに、全体がひとつの作品と認識され得るだけの統一感と一貫性が感じられなければならない。それを肝に命じて選曲案を聴き返したところ、手前味噌になりますが、〈いいじゃないか〉と思ったんです。

実は昨日、マスター音源を行きつけのジャズ喫茶に持ち込んで爆音で聴いたんですけど、ほんとうによかったんですよ」

小泉「〈ジャズ喫茶で聴いてよかった〉と聞いて、とても安心しました。そうか、大丈夫だったんだな、と」

――ソロ集を出すという平野さんのプランを知ったときの、小泉さんの第一印象は?

小泉「実は、自分なりのベストセレクションを選び、プレイリストをつくって個人的に楽しんでいたんです。ある時、平野さんから〈いい音源がたくさんあるから作品化しようと思っているんだ〉と話があったので、〈参考までに〉とぼくのプレイリストを送ったんです。ぜひ作品化して欲しかったから」

――なるほど。

小泉「ところが、しばらくして平野さんから送られてきた構成案は、ぼくのリストとはかけ離れていました。かすりもしなかった(笑)。だって普通、全曲ソロでコンピレーションアルバムをつくろうなんて考えませんよね。

でも、その選曲は実に平野さんらしかったし、Days of Delightらしかった。このレーベルだからこそできることだし、このレーベルだからこそやるべきだと、すぐに納得しました」

平野「先ほども言ったように、寄せ集めをひとつの箱に入れただけでは意味がない。最初から最後まで1枚を通して聴いたときに、ちゃんとひとつの作品として気持ちよく楽しめるか、流れが作れているかが最大のポイントでした。で、この並びと曲順を思いついたときに、〈これはいける〉と思った。

この『Alone at TARO’s Atelier』には、全体に起伏があるし起承転結があります。ぜひ1枚を通して聴いて欲しいですね」