ホラー界の鮮血の法王、ダリオ・アルジェントが、母国イタリアの伝統芸術、オペラを題材にした『オペラ座/血の喝采』(87年)が、遂に日本盤でDVD/ブルーレイ化された。しかも、ファンにとっては念願のノーカット完全版だ。ヒロインは若手のオペラ歌手、ベティ。大物オペラ歌手が事故で舞台を降板したことで、彼女は急遽『マクベス』の主役を演じることになるが、舞台を成功させて喝采を浴びたその日から、彼女のまわりで次々と残忍な殺人事件が起こる。前作『フェノミナ』(84年)では、14歳の新人、ジェニファー・コネリーの魅力を引き出しつつ、最後には蛆虫だらけのプールに突き落とすという美少女いじめのマエストロとして見事な技量を発揮したアルジェント。今回はスペインの女優、クリスティナ・マルシラッチをヒロインに迎えて彼女を追いつめていく。犯人はベティへの倒錯した愛ゆえに、必ずベティの前で殺人を行うが、その際にはベティの目に針を貼付けて目を閉じられないようにする。本作では“見る”という行為がモチーフになっていて、ベティのマネージャー(ダリオの元妻、ダリア・ニッコロディ)が覗いた鍵穴越しに銃で目を撃ち抜かれたり、犯人がカラスに片目を潰されたりと、残虐行為を“覗き見”している我々観客を挑発する。
今回めでたく完全版になったことによる一番の変化は、12分カットされた公開版では突然登場してベティを助ける謎の少女の正体がわかったこと。その少女アルマをめぐるシーンが復活したことで、母親との関係にトラウマを持っていたベティが、アルマと彼女の母親との関係に自分の過去を重ねあわせる演出も見えてくる。ベティの夢、震える脳など、謎めいたシーンを挿入しつつ、カメラはカラス目線で縦横無尽にオペラ座を飛び回ったりとサービス過剰のヴィジュアルに加えて、サントラはオペラの名曲の数々、そしてクラウディオ・シモネッティ(ゴブリン)、ビル・ワイマン(元ローリングス・ストーンズ)、ロジャー&ブライアンのイーノ兄弟の楽曲に、北欧メタルと盛りだくさん。映像と音響で観る者を幻惑する、血まみれのアルジェント劇場がいま再び幕を開ける。