ナラ・シネフロが初めて手掛けたサントラ『The Smashing Machine』
環境に寄り添う音でもあり、想像を掻き立てる音でもあり、視覚的でもあり、抽象的でもある――そんな独特の作風で広くリスナーを魅了してきた才能豊かなナラ・シネフロ。それだけに彼女の次回作が映像作品のサウンドトラックだというのも予想外ではないし、それがベニー・サフディ監督によるA24の新作というのも納得の流れではあるが、その映画「The Smashing Machine」が格闘家のマーク・ケアーを題材にした作品だというのには少なからず驚いた……ナラ・シネフロとマーク・ケアーとは!
ナラのリスナー層とどれだけクロスするかはわからないが、ある時期に総合格闘技(MMA)を追っていた人なら、マーク・ケアーについては説明不要だろう。オハイオ出身の彼は94年にレスリングで全米選手権を制し、その実績を引っ提げて90年代後半からUFCで格闘家として活躍、〈The Smashing Machine〉のニックネームで親しまれたMMAファイターである。98年には格闘技バブルを迎えつつあった日本で〈PRIDE〉に出場し、〈霊長類ヒト科最強の男〉というキャッチフレーズでお茶の間でも知られる選手となった。
その全盛期は短かったが、活動休止中の2002年に上映されたドキュメンタリー作品「The Smashing Machine」で、試合への恐怖や葛藤から摂取した鎮痛剤への依存症に苦しむ姿が明かされて話題になった。2025年10月に全米公開された新作「The Smashing Machine」はそのドキュメンタリーを元にした同名の劇映画ということになる。本編はベニー・サフディがサフディ兄弟でのコンビを解消して監督/単独脚本を手掛けた初の作品であり、主人公のマーク・ケアーをWWEスーパースター(プロレスラー)のロック様ことドウェイン・ジョンソンが演じているのも話題だが、そちらの話はここまでにしておこう。
サントラが制作されたのはちょうど『Endlessness』をリリースした2024年の秋で、参加ミュージシャンたちの基本的な顔ぶれもほぼ同じだ。ただ、これまでの自由な広がりを許した曲作りとは違い、ここではシンセサイザーやハープ、モジュラー・シンセ、ハーモニウムなどの音色をコラージュして作品ありきの音楽という制約に挑戦している。作曲/編曲/プロデュース/ミックスまで大半のエレメントをナラ自身で手掛けたのも重要だろう。しかもロンドンでのレコーディングにはベニー・サフディ監督も立ち会い、ミュージシャンたちが作中の感情を演奏で表現するのを助けている。
ナシェット・ワキリ(サンズ・オブ・ケメット)とモーガン・シンプソン(ブラック・ミディ)のツイン・ドラムによって試合中の緊迫感を表現したと思しき“The Smashing Machine”(この曲のみヘバ・カドリーがマスタリング)もあるが、より簡素な編成で描かれるのは心理や内面の伴奏だ。ニューエイジ的な序曲“Dawn”とラストの“Dawn II”でアルバム全体を包み込み、ジェイムズ・モリソンのサックス・ソロを配した“Mark”、ヌバイア・ガルシア(サックス)とライル・バートン(キーボード)にドウェイン・キルヴィントン(シンセ・ベース)を交えたスリリングな“KO”など、従来のオリジナル作の延長線上にある局面も楽しめる。いずれにせよ、レーベルメイトのOPNに近い方面でもナラが活躍できることを証明した一作ではないだろうか。
ナラ・シネフロの作品を紹介。
左から、2021年作『Space 1.8』、2024年作『Endlessness』(共にWarp)
参加ミュージシャンの関連作を紹介。
左から、エズラ・コレクティヴの2024年作『Dance, No Ones Watching』(Partisan)、ヌバイア・ガルシアの2024年作『Odyssey』(Concord)、オニパの2023年作『Off The Grid』(Real World)、ココロコの2025年作『Tuff Times Never Last』(Brownswood)
『The Smashing Machine』に通じる音の風景
サフディ兄弟からのオファーでOPNが担当し、カンヌ国際映画祭にて〈カンヌ・サウンドトラック賞〉に輝いた「グッド・タイム」の傑作サントラ。サスペンスな劇伴の典型にヒネリを加えたような内容で、エンディングの“The Pure And The Damned”にはイギー・ポップが参加。
サフディ兄弟によるアダム・サンドラー主演のクライム・スリラー作品「アンカット・ダイヤモンド」のサントラ。OPNが今度は本名のダニエル・ロパティンで再タッグを組み、重厚なシンセ・サウンドを不穏に展開する。巨匠ヴァンゲリスの仕事を連想させる大胆な手つきも印象的だ。
ロンドンの路上で生きるドラッグディーラーらの物語を描いたNetflixのドラマ「トップボーイ」のサントラ。シリーズを通じてスコアを手掛けてきたイーノが収録曲をセレクトし、内面を描いたアンビエントなトラックがここでも感情の動きや心理描写の補助線として機能する。

アンビエント・ジャズを代表する人気コンビの第3弾作品。いずれもマルチな活躍と多様な作風を聴かせる両者ながら、ここではシネマティックなオリジナル曲も交えつつ映画音楽の古典やスタンダードのカヴァーを題材に、創意を凝らした空間構築で穏やかな世界を奏でる。



