イーノの評伝からもこぼれ落ちてしまった幻の録音、ついに発表
ブライアン・イーノのジャズ的なアプローチは、初期ソロ作での実験的ポップ・ミュージックをへて、『アナザー・グリーン・ワールド』(1975)や『ビフォア・アンド・アフター・サイエンス』(1977)といったアルバムに登場しはじめる。以降の『ミュージック・フォー・フィルムズ』(1978)でも、先の2作品で聴かれたいくつかのジャズ的な作品の傾向を継承し、アブストラクト・ジャズといった趣の作品は多い。当時の共演者の顔ぶれを見ても、パーシー・ジョーンズやフィル・コリンズのブランドXや、フレッド・フリスのようなカンタベリー組、さらにはヤキ・リーベツァイトといったジャーマン・ロック人脈まで幅広い人選からの影響関係もあるだろう。それによって、独自のスタイルが生み出されていた。
一方、ロバート・ワイアットの『ルース・イズ・ストレンジャー・ザン・リチャード』(1975)に参加したイーノは、〈direct inject anti-jazz ray gun(直射式反ジャズ光線銃?)〉なる演奏を行なっていたりもする。その後、イーノが〈歓迎されないジャズ(unwelcome jazz)〉と称した、反ジャズ的なジャズともいうべき、ジャズ的なるものを標榜して発表されたのが、『ザ・ドロップ』(1997)だった。そして、1998年に、イーノは、J・ペーター・シュワルムによるバンド、スロップ・ショップの『Makrodelia』と出会う。その後、ふたりは『music for 陰陽師』(2000)と『Drawn From Life』(2001)の2作品を制作、後者には作曲者としてカンのホルガー・シューカイが参加した。
このアルバム『Sushi. Roti. Reibekuche』は、1997年から2000年の間に起こった、イーノの活動史においても重要な期間の記録である。しかし、イーノの評伝からもこぼれ落ちてしまった幻のパフォーマンスの記録となっていた。ひとまず、料理のパフォーマンスに付随するバックグラウンド・ミュージックとして行なわれたライヴであることは頭の片隅に置きながら、それを抜きにしても、貴重かつ、大変興味深い演奏となっている。これまで無関係ではなかったにしても、これまでの作品では、あくまでも客演にとどまっていたシューカイが、その特徴的な短波ラジオの音源やテープによるコラージュを行なっているのが白眉と言える。それぞれの楽曲に、イーノ的、シューカイ的、シュワルム的な要素が目眩く展開するアンビエント・アブストラクト・ジャズというべきサウンドが展開されている。