音楽の記事が中心のMikikiですが、作家や写真家、映像作家、漫画家、演劇関係者など関わってもらう方は多種多様。そこで、音楽関係以外の表現者のみなさんが好きな音楽は?という興味からスタートさせたのが連載〈My Favorite Songs〉です。毎回、1人の選曲者が設定したテーマと、それにもとづく3曲以上の選曲を記事化。〈あの人がこの音楽を好きだったんだ〉という発見や、音楽とほかのカルチャーのクロスオーバーを楽しんでもらえたら幸いです。第8回は、新作映画「海辺へ行く道」の公開を控える映画監督の横浜聡子さんが登場。 *Mikiki編集部

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選曲によせて

シナリオを書いている時だったり、歩いている時や料理する時、かつては音楽がともにあったのですが、脳の仕様が変わったようで、いつからか音楽を〈ながら聴き〉することができなくなってしまいました。すると知らない音楽に出会う機会もめっきり減ります。
だから普段観る映画の中から聴こえてくる音楽は、私にとって貴重な情報源でもあります。
今回は映画の中で流れていたのをきっかけに知り、以降ずっと聴くようになった音楽家やミュージシャンの曲をあげてみました。

 

Can “Vitamin C”
(1972年作『Ege Bamyasi』収録曲)

CAN 『Ege Bamyasi』 United Artists(1972)

破壊的パンチ力の映画「ベートーヴェン通りの死んだ鳩」(サミュエル・フラー監督)で流れる曲。映像も音楽もわけわからんくらいにとにかくかっこいい。
この曲、結構いろんな映画で使われているようで、他の作品は観ていないけど、きっとこの映画との相性が一番いい気がしている。

 

Brian Eno “By This River”
(1977年作『Before And After Science』収録曲)

BRIAN ENO 『Before And After Science』 Polydor(1977)

ナンニ・モレッティ 『息子の部屋 』 IVC(2021)

「息子の部屋」(ナンニ・モレッティ監督)で流れる。これほどまでに映画のイメージを決めてしまう音楽があるだろうかと思うほど、静謐なのに強烈な曲。
イントロを聴くだけで、必ずあの映画の時間に瞬時に引き戻されてしまう。

 

武満徹 “不良少年”
(1961年)

武満徹 『オリジナル・サウンドトラックによる 武満徹 映画音楽』 ビクター(2006)

羽仁進, 山田幸男 『不良少年』 DIG(2014)

言わずと知れた映画音楽の巨匠の、同名映画「不良少年」(羽仁進監督)メインテーマ。実験的でハードボイルドな映像に、一見ミスマッチにも思えるこの美しい旋律がのるとあら不思議、主人公の不良少年のやり場のない苦しみや寂しさが、ふつふつとこちらの胸に込み上げてくる。

 


MOVIE INFORMATION
海辺へ行く道

アーティスト移住支援をうたう、とある海辺の街。のんきに暮らす14歳の美術部員・奏介(原田琥之佑)とその仲間たちは、夏休みにもかかわらず演劇部に依頼された絵を描いたり新聞部の取材を手伝ったりと毎日忙しい。街には何やらあやしげな〈アーティスト〉たちがウロウロ。そんな中、奏介たちにちょっと不思議な依頼が次々に飛び込んでくる。ものづくりに夢中で自由奔放な子供たちと、秘密と嘘ばかりの大人たち。果てなき想像力が乱反射する海辺で、すべての登場人物が愛おしく、優しさとユーモアに満ちた、ちょっとおかしな人生讃歌。

原作:三好銀「海辺へ行く道」シリーズ(ビームコミックス/KADOKAWA刊)
監督・脚本:横浜聡子
出演:原田琥之佑
麻生久美子 高良健吾 唐田えりか 剛力彩芽 菅原小春
蒼井旬 中須翔真 山﨑七海 新津ちせ
諏訪敦彦 村上淳 宮藤官九郎 坂井真紀
製作:映画「海辺へ行く道」製作委員会
配給:東京テアトル、ヨアケ
©2025映画「海辺へ行く道」製作委員会
公式サイト:umibe-movie.jp
2025年/日本/スタンダードサイズ/5.1ch/140分/G
2025年8月29日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿ピカデリーほか全国ロードショー

 


PROFILE: 横浜聡子
1978年、青森県出身。横浜の大学を卒業後、東京で1年ほど会社員をし、2002年に第6期映画美学校フィクションコース初等科に入学。2004年、同高等科卒業。卒業制作の短編「ちえみちゃんとこっくんぱっちょ」が2006年の第2回CO2オープンコンペ部門最優秀賞を受賞。CO2からの助成金を元に長編1作目となる「ジャーマン+雨」を自主制作。翌2007年、同作で第3回CO2シネアスト大阪市長賞を受賞。自主制作映画としては異例の全国劇場公開となる。2008年、商業映画デビュー作「ウルトラミラクルラブストーリー」(出演:松山ケンイチ、麻生久美子)を監督、2009年6月に全国公開。同年のトロント国際映画祭、バンクーバー国際映画祭ほか、多くの海外映画祭にて上映された。また同作にて主演の松山ケンイチが第64回毎日映画コンクール男優主演賞、第24回高崎映画祭最優秀主演男優賞を受賞、作品が第19回TAMA CINEMA FORUM最優秀作品賞を受賞した。2016年、「俳優 亀岡拓次」(出演:安田顕、麻生久美子)が公開。2021年に全編青森にて制作した「いとみち」では同県出身の駒井蓮をヒロインに迎え、第16回大阪アジアン映画祭にて観客賞とグランプリをダブル受賞。第13回TAMA映画賞特別賞、第36回山路ふみ子文化賞を受賞するなど、多数の賞を受賞した。日常にたゆたう〈名もなき存在〉を捉える鋭い洞察力とオリジナリティ溢れるユニークな表現は中毒性が高く、業界内外で熱狂的なファンを擁す。その他の作品に、短編映画「おばあちゃん女の子」(2010年)、「真夜中からとびうつれ」(2011年)、「りんごのうかの少女」(2013年)、「トチカコッケ」(2017)、テレビドラマ「バイプレイヤーズ」シリーズ(2017〜2018年/TX)、「ひとりキャンプで食って寝る」(2019年/TX)、「有村架純の撮休」(2020年/WOWOW プライム)「季節のない街」(2023年/Disney+)など。

最新作「海辺へ行く道」は、2025年開催の第75回ベルリン映画祭に正式出品され(英題:Seaside Serendipity)、ジェネレーションKplus部門にてスペシャルメンション(特別表彰)を獲得した。〈ジェネレーション部門〉は1978年に設立され、子どもが主人公であり、子どもを題材に扱った作品が対象。「海辺へ行く道」にスペシャルメンションを授与した国際審査員は、「この映画は、優しさと遊び心のあるユーモアで私たちの心を掴みました。明るく陽気な想像力と創造力で、芸術の無限の可能性と、予期せぬ出来事と出会う幸福を思い出させてくれました」と評した。受賞時の横浜監督のコメントは以下の通り。

この映画は劇的な出来事は起こりませんし社会問題を叫ぶ映画でもありません。何か素敵なことが起こるかもしれないというささやかな予感を胸に、無邪気に作品を作り続ける若者たちの映画です。今回賞をいただけたのは、そんな、目に見えない、言葉で表せない彼らの〈予感〉が伝わったからかもしれません。ジェネレーション部門の審査員の皆さん、この作品を選んでくださり本当にありがとうございます。 

私はこの作品の原作者である三好銀さんから、寛容さとユーモアを学びました。否定もせず肯定もせず、ただ人の存在を丸ごと受け止める寛容さ、そしてユーモア。ユーモアは人を絶望や断絶から時に救ってくれます。ベルリンの観客の皆さんは、この映画に散りばめられたユーモアを見てたくさん笑ってくれました。私はその瞬間が一番幸せでした。ベルリンで聞いた笑い声と温かい拍手を支えにこれからしばらく生きていける気がします。観客の皆さん、ありがとうございます。