音響芸術、ここに極まれり――泣く子も躍らせるUKダブの総帥が13年ぶりのアルバムを完成。長いキャリアと多様な感情を凝縮還元した重層的でドープな音空間には何が広がっている?
「俺は自分が作るすべてのレコードが大好きなんだ。どれも自分のレコードではあるけれど、ソロ作じゃないレコードは俺自身ではない。もちろんホレス・アンディやアフリカン・ヘッド・チャージとレコードを作る時も自分のアイデアを注ぎ込むし、プロデューサーとしてすべてをコントロールしてはいる。でも、自分の名前でのレコード制作は、すべてを自分で決めることができる特別な経験なんだ。頭の中でずっと考えてはいたんだけど、なかなかいいタイミングがなくて遅れていた。でも、パンダ・ベア&ソニック・ブームの作品もそうだし、リー・ペリーやクリエイション・レベル、ジャブ・ロイ・ニコルズのもそうだし、ここ数年で素晴らしい作品を出すことができたと思う。だから、いまこそ自分自身のレコードを作りたいと思ったんだよ。そのための良いアイデアも揃っていたしね」。
そう説明する通り、ここ数年は特に精力的に制作仕事を重ねてきたエイドリアン・シャーウッド。そんななかで本人も待望のニュー・アルバム『The Collapse Of Everything』が完成した。間にシャーウッド&ピンチとしての2タイトルもあったとはいえ、純然たるソロ名義作としては2012年の『Survival & Resistance』以来13年ぶり。「好きなもの全部を詰め込んだサウンドトラック」を作るつもりで取り組んだというだけあって、ミキシングの名手が緻密に構築したダウンテンポな空間の心地良さは言うまでもないが、久々のソロ作ということでメランコリックで内省的なトーンも色濃く表出されている。
「今回はインスト・アルバムで、ヴォーカルを入れたくなかったから、特にコンセプトはなかった。ただ、未来的なサウンドを作りたいという考えだけはあったよ。現代に合うものを作りつつ、自分のルーツであるジャマイカンのノイズ・プロダクションやインダストリアルな要素もすべて取り入れたかった。今回の作品にはさまざまな要素を盛り込んだけれど、根本的なアイデアは、最初から最後まで濃密で聴き応えのある音楽作品を作ることだった。だから、完成させることができて本当に誇りに思っている」。
演奏に参加しているのは盟友ダグ・ウィンビッシュ(ベース)やマーク・バンドラ(ギター/シンセ)をはじめ、サイラス・リチャーズ(ピアノ)、クリス・ジョイス(ドラムス)、ジャズワドらOn-U世界を構築するのに欠かせない顔ぶれ。ブライアン・イーノも“The Well Is Poisoned Dub”にギターやエフェクトなどで助力している。それでいうと、“Body Roll”などで2曲でドラムを叩くキース・ルブラン、そしてマーク・スチュワートといった親しい友人をここ数年で立て続けに失ったことはエイドリアンにとって大きかったようだ。
「彼らが亡くなったことと今回のレコードは関係ない。ただ、マークは今回のレコードを作るよう俺に刺激を与えてくれていたんだ。彼が以前書いた曲の中に〈すべてが崩壊する〉というフレーズが隠されていて、そこから取った『The Collapse Of Everything』というタイトルは、マークやキースを失った自分の気持ちを象徴すると同時に、いま世界中で起きている政治的・環境的な混乱とも重なるものだった」。
そうしたエモーションをナチュラルなダブの感覚に結び付け、多彩な要素をシームレスに融合させて生まれたのが今回の『The Collapse Of Everything』というわけだ。鬼才がカンヴァスに心のままに描いた濃厚な音を存分に堪能したい。
「誰かに気を遣う必要もなく、自分の好きなようにすべてを決めたこのアルバムをライヴで表現するのは本当に楽しみだし、きっと多くの人がハマってくれると思う。自信作だよ」。
左から、エイドリアン・シャーウッドの2012年作『Survival & Resistance』、ホレス・アンディの2022年作『Midnight Rocker』、アフリカン・ヘッド・チャージの2023年作『A Trip To Bolgatanga』、クリエイション・レベルの2023年作『Hostile Environment』(すべてOn-U Sound)、パンダ・ベア&ソニック・ブームの2023年作『Reset in Dub』(Domino)、スプーンの2022年作『Lucifer On The Moon』(Matador)、マーク・スチュワートの2025年作『The Fateful Symmetry』(Mute)