
実体験から生まれたリリックと新たな音楽的挑戦
――たとえば“model”や“anouta”は、映画っぽいストーリー性もあり、大事な瞬間を音楽に残そうとしているようでもあると感じたのですが、キャサリンさんとしてはどういうふうな姿勢で歌詞と向き合いましたか。
キャサリン「“model”は実際に絵画モデルのバイトをやっていて、ポーズをしてるときにメロディと歌詞が浮かびました。自分の体験からストーリーを作ったという感じです。実際にはおじいさんやおばあさんの趣味の絵画教室のモデルなので、この曲みたいな素敵な出会いやロマンチックなことはなかったんですけど(笑)。
“anouta”は実際にアルジェリアに行っちゃった友達のこと。歌詞と違って本当はお見送りに行けなかったんですよ。でも行きたかったから、行った体で書きました。その子は中学のときに唯一できた友達なんです。私、それまでは友達がいなくて。その子のことがすごく大好きだったんですけど、今はその子がいなくなっても沙良ちゃんがいるし、大学での出会いもあったし、ポジティブな意味で〈その子だけじゃない〉っていう。
その子とは毎日本当に〈小指だけ繋いで〉下校してました。〈桜並木〉があって、そこに〈ベンチ〉が置いてあって、彼女が〈ギターを〉持ってきてジャカジャカ弾いて、隣で私が歌うっていうのを実際にやってたんです」
――曲から伝わってきた通り、本当に大事な一瞬を切り取っていたんですね。“anouta”はLioLanとして初めて発表した曲で、リスナーに一発目から大きなサプライズを与えるものに仕上がっていたと思うんですけど、アレンジに市川豪人さんを迎えてどんなサウンドを目指したのでしょう。
和久井「自分がビートミュージックに興味を持ち始めた頃で、がっつりエレクトロニックの曲を作りたいと思って。まずシンセを出して、アルペジエーターを起動させて、そこで弾いたものをモチーフにしようと思ったのが始まりですね。そこから自分がやってみたいエレクトロニックミュージックのすべてをつぎ込んだ感じでした。
市川豪人くんはもともとゲーム音楽とかを作っていてアンダーグランドなところでトラックメイクをしていたので、ポップスとはまたちょっと違った音像を作れるんですね。それも自分にとってめちゃめちゃ興味があることで。なので“anouta”はそのときの自分が興味を持っていたジャンルの音楽を作ったという感じですね。そこにキャサリンが歌を入れてくれて、自分一人では行けないところにまで到達できたので手応えがありました」
キャサリン「この曲、外国の友達にすごくウケてました」
和久井「そうなんだ。このトラックは海外のクラブで流行ってるフットワークというジャンルの手法を使ってるらしくて、その辺もウケる要因になっているのかもね。こんな音像はあんまり聴いたことがなかったし、自分がリリースできるとも思ってなかったです。
私はずっとフィジカルでピアノ1本でやってきたから、この曲ができたときはめっちゃ嬉しかったし、こういうスタイルの音楽をもっとやりたいと思ったきっかけの曲ですね。そこから自分のソロにもそういった要素を入れたりして変わっていきました」
キャサリン「聴いたことない感じで、めちゃ新鮮だった。正直この曲が一番、聴衆を意識せずに歌詞を書いちゃった曲なんだよね。かっこよくしようとか、おしゃれにしようとか、みんなが共感できるようにしようとか、一切考えなかったから。
だからこの歌詞はボツになるかと思ってたけど、全然誰も文句を言わずにリリースまでいっちゃったから、恥ずかしくなっちゃって(笑)。個人的な話ですみません、みたいな」
和久井「そうかな? 音楽なんて個人的なものでいいと私は思うよ」
――“hangover”“natsu no hito”では沙良さんがボーカルをとってますが、自分でも歌ってみようと思ったのは、さっき話してくれたようにボーカルの入った音楽をやりたいという想いの延長線でのトライの感覚からですか。
和久井「自分で歌うつもりはなくて、そもそもは仮歌のつもりだったんですよ。キャサリンが素敵に変えてくれるだろうなと思って。でも意外と自分の声質が合ってるかもしれないと思ったんですね。キャサリンも〈いいじゃん〉って言ってくれて、だんだん自己肯定感が少しずつ上がって(笑)」
キャサリン「よかった(笑)」
和久井「もともと歌に対するコンプレックスがめちゃめちゃあったので、自分で歌うのは本当に勇気のいることだったんです。バンドのサポートでもコーラスはまじでやりたくなくて〈できません〉って言ってたんですけど、でもLioLanで歌うようになってからちょっとずつできるようになりました。自分の思ったことを歌で表現できることは自分の音楽を伝えるもう1つの手段になるなって、最近は思ってます」
――“natsu no hito”はほかの5曲とはまた違う、オルタナギターロックになってますが、なぜこういう曲を作ろうと思ったのでしょう。
和久井「オルタナギターロックの曲が作りたかったからですね(笑)。鍵盤だとどうしても、こういうギターのノイズ感のある、独特なロック感が出せなくて。ローズ(ピアノ)を歪ませたり色々やってみたんですけど、鍵盤でやるとなんかオシャレになっちゃうんですよ。なのでギターをメインにした曲を作りたくて“natsu no hito”を作りました。つまり自分が鍵盤奏者であるコンプレックスからできた曲なんですね。この曲には、ちょっとしたシンセは入ってますけど、ピアノの音は入ってなくて。
歌詞は、自分の二面性というか、家に引きこもって何にもできないようなローなときもあったり、1日に何曲も書いちゃうハイなときもあったりする、そういう自分を〈これでいいんだよ〉って肯定してあげる詞を書いたんだなって思いますね。〈またいつ落ちるかわかんないし、でもとりあえず今は明るいから一応焼き付けとこうぜ〉みたいな曲ですね」