マーティ・ホロベック

オーストラリア南部の都市アデレード出身で90年生まれのベーシスト、マーティ・ホロベックが東京へと拠点を移したのは2018年。以来、ジャズからポップス、あるいはエクスペリメンタルなシーンまでジャンルレスに関わりを持ち、今や都内のクリエイティブな音楽の世界で欠かすことのできない存在になっている。

2020年に初リーダー作にして自身のトリオプロジェクト第1弾となる『Trio I』を発表。2022年4月には約2年ぶりにシリーズ第2弾『Trio II』をリリースしたが、早くも6月、第3弾『Trio III』を世に送り出すこととなった。

最新作の『Trio III』では、映画「ドライブ・マイ・カー」のサウンドトラッククリスチャン・マークレーのグラフィックスコアをリアライズするライブイベントなどでも共演してきた石橋英子と山本達久が参加。アルバムはマーティ自身が編集作業を行ったほか、彼と同じオーストラリア出身のジョー・タリアがミキシング/マスタリングを手がけ、これまでのシリーズとはまた異なる新たなトリオサウンドを生み出すにいたった。

今回のインタビューでは、そんなマーティの来歴からアルバム制作過程、さらにトリオというフォーマットにこだわる理由までたっぷりと語っていただいた。

MARTY HOLOUBEK 『Trio III』 APOLLO SOUNDS/JET SET(2022)

 

ベースは音楽のゴールキーパー

――マーティさんはいつ頃から音楽に興味を抱くようになりましたか?

「僕は子供の頃から音楽に囲まれて育ったんだ。両親ともミュージックラヴァーだった。お父さんはミュージシャンで、ギタリストとして活動したり、作曲家として映画のサウンドトラックを手がけたりしていた。お母さんはプロではないけど、ギターもピアノも弾けるし歌うこともあった。

小さい頃からお父さんが持ってるいろいろなレコードを聴いていたね。ブルースやロックンロール、ジャズはもちろん、すごい変な音楽もたくさんあって。現代音楽、たとえばアルノルト・シェーンベルクなんかを聴いていた。

でも子供の頃はスポーツマンになりたいと思っていたんだよ。スポーツが好きだったからね。そのことを両親に打ち明けたら〈スポーツもいいけど、30歳を過ぎたら何の仕事をやるの?〉って言われた。〈音楽の方が長く続けられるし、感情面でも成長できるよ〉ってね」

――楽器を始めたのは何歳の頃でしたか?

「8歳の頃に少しだけドラムを叩いたことがあった。その後、僕はスポーツをやりたかったけど、両親に音楽を勧められて。お父さんに〈何の楽器だったらやりたい?〉って訊かれて、僕は〈サックスがやりたい〉って半分冗談で言ってみた。サックスは手に入れるのが難しい楽器だと思っていたからね。そしたらお父さんが本当にサックスを持ってきたんだよ(笑)。お父さんは高校で音楽の先生もやっていて、学校からサックスをもらってきたんだ。それで僕はうろたえちゃった。本気でサックスをやろうとは考えてなかったから(笑)。それが10歳の頃、小学生のときだった。

もうこれはやるしかないと思って、腹を括って練習を始めた。ジャズも熱心に聴くようになったよ。そしたら徐々にサックスもジャズも面白いと思うようになっていった。小学校を卒業してからはマリアットヴィル高校という、日本だと藝高(東京藝術大学の附属学校)みたいな音楽プログラムがある学校に進学したんだ。

小学生の頃は一人で音楽をやっていたから孤独だった。みんなスポーツをやっていたからね。けれどマリアットヴィル高校に進学したら周りにたくさんミュージシャンがいる。だからとても嬉しかった。でもサックス奏者もいっぱいいて、みんなめちゃくちゃ上手かったんだよ。僕はまあ下手で、1年生のときにバンドやクラブのオーディションをいろいろ受けたけど、どれもダメだった。

そしたら先生に〈マーティ、何か別の楽器はやってないの?〉って訊かれて。そういえば家にベースがあったなと思い出して、少ししか触ったことはなかったけど〈ベースやってます〉って言っちゃった。それで先生に〈じゃあ明日、2年生のバンドのオーディションがあるから、ベースで受けてみて〉って言われて、〈頑張ります!〉って(笑)。

ベースの弦は4本だけ、フレットもわかりやすいけど、ホントは全然上手じゃなかった。11歳の頃にお母さんが教会でギターを弾きながら歌っていて、そのときに伴奏でベースを弾いたことはあったけど、本格的に取り組んでいたわけではなかった。だからどうしようと焦ったんだ。でも次の日にオーディションを受けたら、めちゃくちゃ簡単な曲で、コードは4種類だけ。しかもオープンコード! だから、緊張してたけどなんとか合格することができた。それからエレキベースとウッドベースを本格的に弾くようになっていった」

――サックスよりもベースの方が性に合っていたんですね。

「もちろんベースはベースでサックスとは違う難しさがあったけど、とても自分に合ってるなと思ったよ。演奏していてめっちゃ楽しかった。僕はスポーツのなかでもサッカーが特に好きで、小学生の頃はゴールキーパーをやっていたんだ。いろいろ考えてみたけど、ベースは音楽のゴールキーパーに似ている気がする。

マリアットヴィル高校ではベースのレッスンはもちろん、座学のプログラムも素晴らしかった。グラフィックスコア(図形楽譜)の授業は面白かったね。あと大バッハをはじめとしたバロック音楽、スティーヴ・ライヒやフィリップ・グラス、テリー・ライリーといったミニマルミュージック、それにジャズの歴史まで、幅広い音楽を知ることができた」