結成25周年の2人から届いた、弾き語りシリーズ〈FOLK〉の最新作。個性の違いを重ねた愛らしい歌と演奏からは、長く続けるためのヒントが聴こえてくる……
「この25年間はすごく楽しかったですね。楽しかったから続けられた。1人だったらどうだったか。とっくに辞めていたかどうかはわからないけど、たぶんうまくいかなかったと思う。俺ら2人が続いたのは、遊穂があまり思い悩まない性格だからというか……」（佐藤良成、ヴォーカル／ギター）。
「呑気だから。やっぱりキャラクターの違いが大きい。多様性を大事にしてます（笑）」（佐野遊穂、ヴォーカル）。
「1人だと思い悩んで自暴自棄になっていたかも」（佐藤）。
「私に対して嫌になることは多いだろうけどね（笑）」（佐野）。
「長くやっていても、音楽活動が嫌にならないのは、音楽的にぶつかる余地がないから。遊穂は〈味見〉しかしないんですよ。俺の中から湧き出てきたものに対して、〈いいね、よくないね〉って直感的に言うだけ。だからこそ俺も意見を素直に聞ける。そんな組み合わせが良かったのかもしれない」（佐藤）。
アニヴァーサリー・イヤーにいつも届けられるハンバート ハンバートの名物シリーズ最新作『FOLK 4』を聴きつつ、時の経過の速さに驚いている。先のやり取りからも読み取れるように、この結成25周年記念盤からまず見えてくるのは、自分にないものを持つパートナーへのリスペクトだ。作業の随所で受ける予想外のリアクションを楽しみながら他の誰にも譲れない大切なものを掴まえる――そんなふうにして作り出された彼らの音楽には、単に仲が良いというだけでは生まれない風通しの良さがある。そういった諸々の特質をより立体的に浮き出させるのが〈FOLKシリーズ〉なのだ。ふたりっきりの弾き語りの演奏で、ユニークかつ本質的な価値のあるカヴァーやリメイクに取り組む本作だが、今回も聴きどころは多い。冒頭の新曲“恋はいつでもいたいもの”から、リンドバーグの“今すぐKiss Me”、大江千里の“格好悪いふられ方”、THE BLUE HEARTSの“リンダ リンダ”へと流れていく序盤では、四半世紀に及ぶキャリアを誇るチームとは思えないようなジューシー感満点のフレッシュ・サウンドが楽しめる。それにしても、親交のあった音楽評論家／料理家、田川律への追悼の意を込めた“うた”もさることながら、中島みゆきの“タクシードライバー”カヴァーにはずいぶんと涙腺を刺激された。
「今回のレコーディングではクリックを使わないという判断をしたのが大きな分かれ目だったんですが、そうしようと決断に至ったきっかけがこの曲。〈せーの〉で、フリーでやってみたら、すごく良かったんです。かなり難しそうな曲なのに、遊穂がすんなり歌えているのが謎なんですよね。彼女にとっての得意と苦手の差がいまだにわからない」（佐藤）。
ここにも〈これだ〉という決め事を設けず、生理的指標を頼りに進められる彼らなりのやり方の成果が表れていよう。中島みゆきの優れたストーリーテリングには感銘を受けっぱなしだと話す佐藤に対して「ただ良成自身は、常に自分の話を書いている気がする。観察する人の目線とは違う。いろんなキャラクターが出てくるけど、結局は自分の物語だったりするから」と鋭い指摘を行う佐野。確かに、佐藤の詞世界の最高峰ともいえる“ひかり”のセルフ・カヴァーでもそのあたりは如実に窺えるし、アルバムのラストに置かれたデュオの出発地点である初期曲“僕はもう出ていくよ”の新ヴァージョンからもその方程式が不変である事実を読み取ることが可能だ。思えばこの25年、音楽ビジネスを取り巻く環境はさまざまな変化を遂げてきたが、2人を見ているとその景色とは別の領域で棲息しているような、特殊な生き方をしているように思えてならない。むろん自然とそうなったに過ぎないのだろうが、やはりそれってすごく幸せなことなのだと感じるのである。
「ガラパゴス化してる（笑）。でも幸せだと思いますよ。やっとそう思えるようになった。もしも流れに乗っていたらどうなっていたか。乗ってる人を羨ましいってずっと思ってたけど」（佐藤）。
「濁流に飲み込まれて沈んでいたかも（笑）」（佐野）。
「だから〈今後こうしたい〉といった願望もなくて。いままでずっとそうやってきたから。にもかかわらず、お客さんもちゃんと付いてきてくれるので、こちらもみんなが喜ぶことをさらに考えたくなる。それの繰り返しですね」（佐藤）。
ハンバート ハンバートの過去作を一部紹介。
左から、2022年作『丈夫な私たち』、2017年作『家族行進曲』（共にSPACE SHOWER）、2001年作『for hundreds of children』（MIDI CREATIVE）
『FOLK 4』でカヴァーされた楽曲のオリジナルを収録した作品。
左から、大江千里のベスト盤『Senri Oe Singles ～First Decade～』（ソニー）、THE BLUE HEARTSの87年作『THE BLUE HEARTS』（メルダック）、中島みゆきの79年作『親愛なる者へ』（キャニオン／YAMAHA）
