〈泣ける〉と話題の「ばけばけ」主題歌“笑ったり転んだり”

「怪談」をはじめとする著作の数々で、日本の伝統的な文化や精神を世界へ伝えた作家・小泉八雲ことラフカディオ・ハーンとその妻・小泉セツがモデルのNHK連続テレビ小説「ばけばけ」がこの秋からスタートした。明治の文明開化のなかで没落した士族の娘・松野トキと、トキが暮らす松江に英語教師として赴任し、やがて彼女と国際結婚をするレフカダ・ヘブンの物語が、髙石あかりとトミー・バストウの共演で描かれている。

そんな「ばけばけ」は、主題歌もまた大きな反響を呼んでいる。音楽デュオ・ハンバート ハンバートが手掛けた“笑ったり転んだり”は、写真家・川島小鳥が撮影したトキとヘブンのフォトグラフで織りなされるオープニング映像とともに、第1話で流れるやいなや〈泣ける〉という声が数多く上がった。タイトルバックはわずか1分少々だが、それだけで一篇の感動的な夫婦の愛の物語が紡がれていたからだ。

2025年11月26日(水)には、そんな“笑ったり転んだり”を収録したハンバート ハンバート初の公式ベストアルバム『ハンバート入門』がリリースされる。そこで本稿では、なぜこの曲がこれほど聴く人の心に響くのか、「ばけばけ」の物語とともにその魅力を掘り下げてみたいと思う。

ハンバート ハンバート 『ハンバート入門』 SPACE SHOWER(2025)

 

夫婦の絆を綴ったセツの手記をモチーフに制作

“笑ったり転んだり”は、ともにメインボーカルを担当する佐野遊穂と佐藤良成の夫婦からなるハンバート ハンバートが「ばけばけ」の主題歌として書き下ろしたものだ。彼らのアルバム『11のみじかい話』(2005年)に収められている人気ナンバー“おなじ話”を聴いたドラマのスタッフから、その曲と同じように、2人が掛け合いながら歌うスタイルの楽曲を依頼され、佐藤が作詞・作曲・編曲を担い、完成させた。

ハンバート ハンバート 『11のみじかい話』 ミディ(2005)

制作にあたって佐藤が繰り返し読んだというのが、セツが綴った「思い出の記」だ。この手記では、セツとハーンが夫婦の間だけで通じる〈ヘルンさん言葉〉を編み出し、言葉の壁を越えて互いを理解し合っていたことや、幼少期に親に捨てられ、その後も左目を失明するなど多くの苦難に見舞われた影響で、とても優しく誠実である一方、感受性が鋭く頑固だったというハーンの素顔、そんな彼を気遣いながら、何気ない日常のなかに愉しみを見出した2人のユニークな歩みが回想されている。

小泉節子 『思ひ出の記』 ハーベスト出版(2024)

 

〈ジゴク〉を知るトキらしさが凝縮された〈野垂れ死ぬかもしれないね〉

こうした夫婦の一筋縄にはいかない日々をモチーフに紡がれた“笑ったり転んだり”は、その歌詞が「ばけばけ」の主人公であるトキとヘブンの姿と重なり合う。〈毎日難儀なことばかり〉と始まる第一声から、トキの身に次々と降りかかる試練を思わせるが、四苦八苦しながらも、〈これでもいいかと思ったり〉、はたまた〈生活しなきゃと坐ったり〉するところに、落ち込んでばかりいない、トキらしいしなやかな強さと大らかさを感じるのだ。

途方に暮れるほどの借金、貧窮による学業の断念、複雑な出生、実父の死、夫の出奔、そして、トキのみならず視聴者をも救い難い気持ちにした、物乞いとなった実母の姿――何度も〈ジゴク〉を味わいながらも、自分の運命を受け入れ、どんな苦労も背負ってしまうトキの生き様からは、穏やかな諦念のようなものを感じるが、逆境のなかでもそんな自分を笑い飛ばすような逞しさも持ち合わせているのが凄いところだ。

そうしたトキの持ち味が歌詞のなかで特に発揮されているのが、〈夕日がとても綺麗だね〉という語りかけに対して〈野垂れ死ぬかもしれないね〉と応じる場面だ。最初に聴いたときはその唐突さと落差に驚かされたが、これは数々の〈ジゴク〉を経験してきたからこそ、一寸先は闇であることを知っているトキの人生観を反映しているような気がするのと同時に、おどろおどろしい怪談の世界を愛するトキならではの、また松野家仕込みのブラックジョークでもあるのではないかと、物語を観進め、トキという女の子を知るにつれて感じるのだ。