普遍的な歌を紡ぎつつ、常に異なる音世界を創造してきたデュオの新たな実験と挑戦。禁じ手だった多重コーラスを導入した新作で、2人が描いたのは夢かうつつか……

 オリジナル・アルバムとしては『丈夫な私たち』以来、2年ぶり。ハンバート ハンバートにとって12枚目となる新作『カーニバルの夢』は、アルバム・タイトル通り〈夢〉がテーマとなっている。

 「僕が作る曲は夢をテーマにしたものが多いんですよ。実際に見た夢のことだったり、夢見るような思いのことだったり。今回も作りはじめてみたらそういう曲が多くて。1曲目の“一瞬の奇跡”と最後の“クリスマスの朝”は僕が夢のなかで作ったメロディーを元にしているんですよ。そういうことがたまにあるんです」(佐藤良成、ヴォーカル/ギター)。

ハンバート ハンバート 『カーニバルの夢』 SPACE SHOWER(2024)

 98年の結成以来、ハンバート ハンバートの魅力のひとつとなってきたのが、複雑に絡み合う佐藤良成と佐野遊穂のハーモニーだ。だが、今回は数曲でそのハーモニーを温存。代わりに佐藤による多重コーラスが用いられている。夢をモチーフとする歌詞の世界と大幅に導入された多重コーラス、数曲で聴かれる淡い音像。これらの試みにより、ハンバート ハンバートの新たな歌の世界が切り開かれている。

 「ライヴは2人きりでやることが多いので、音源でも基本的に自分たちの歌は1本ずつしか入っていなかったんですね。でも、『丈夫な私たち』に入っていた“夢の中の空”で、多重コーラスをやってみたんです。以前は自分たちで勝手に〈2声しか重ねない〉と決めていたけど、そういうやり方でもいいんだなと思えて。それで今回はいくつか重ねてみました」(佐藤)。

 「多重コーラスは初期にやってたんですよ。ドゥワップが好きだからやりたかったんだけど、ライヴだと再現ができない。それでだんだんやらなくなっていったんです」(佐野遊穂、ヴォーカル)。

 「だから、今回のツアーはどうしようかなと思ってて(笑)。ライヴ用のアレンジを考えることになると思います」(佐藤)。

 録音メンバーは近年の制作およびライヴを共にしてきた則竹裕之(ドラムス)、荻原基文(ベース)、朝倉真司(パーカッション)から成る編成。決して派手さはないが、どのような曲調にもしなやかに対応し、佐藤のヴィジョンを正確に表現できる編成とも言えるだろう。

 「自分が出したい音はずっと変わらないんです。ほとんど同じことをめざしているんだけど、毎回反省があって、それを次回に活かしています。26年かかって、こうすれば自分の録りたい音に近づけるんだと、だいぶやり方が見えてきました。それでも今回も〈もうちょっとこうすればよかったな〉という点はあるんですが」(佐藤)。

 佐藤がそう話すように、ハンバート ハンバートは常に実験と挑戦を繰り返してきた。今回の収録曲でも祭り囃子の入った“夜の火”ではシューゲイザー的なギター・フレーズを入れるなど、さまざまなアプローチが試みられている。

 そうしたなかでも強い印象を残すのが佐藤の歌詞だ。“一瞬の奇跡”では〈ハッピーエンドなんて存在しない/終わりよければよし/そんなことはない〉とネガティヴに歌いつつ、〈嬉しい楽しい寂しい悲しい/どれも一瞬だけのこと/ぼくらたくさんたくさん拾って/ただ歳とっていく〉と、一瞬という時間のかけがえのなさが歌われている。この歌詞について佐藤は「いつも考えてることが出てきたんでしょうね。若いときには出てこない言葉だと思います」と話し、佐野はその言葉にこう続ける。

 「〈ハッピーエンドなんて存在しない〉という言葉が入っていると安心するんですよ。本当にひどいことが多くて、閉塞感がある時代だと思うんです。そんなことが何もないような表現を見ると、不安が大きくなる感じがあって。誰かにメッセージを届けたくてやってるわけじゃないんだけど、聴いてくれる人が自分のなかでいろんなことを感じてくれて、それぞれ感じたものが波のように伝わっていったらいいなと思っています」(佐野)。

 “夜の火”や“ノアの箱舟”のようにおとぎ話めいた物語も入っていれば、“恋はこりごり”“寝ても覚めても”など日常のワンシーンを切り取ったような小話も丁寧に綴られている『カーニバルの夜』。それらの歌には現代社会で起こっていることも確かに投影されている。

ハンバート ハンバートの近作と参加作。
左から、2023年作『FOLK 4』、2022年作『丈夫な私たち』(共にSPACE SHOWER)、 2024年のコンピ『いきものがかりmeets』(エピック)、『〈歌縁〉(うたえにし)-中島みゆき RESPECT LIVE 2023-』(YAMAHA)

佐藤良成の近作と参加作。
左から、2024年のサントラ『ぼくのお日さま』(SPACE SHOWER)、六角精児バンドの2024年作『ともだちのうた』(HOMEWORK)