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『Atomic Heart』(94年)

Mr.Children 『Atomic Heart』 トイズファクトリー(1994)

初期路線の最高傑作だと言い切りたい4作目。プリンターの音を用いたイントロダクションからタイトなファンクロック“Dance Dance Dance”(奇妙に歪んだギターとドラムの音が強烈)、そしてローリング・ストーンズ調で跳ねる“ラヴ コネクション”へと雪崩れこんでいく怒涛の導入3曲からして衝撃的だが、桜井の歌詞も恐ろしく変化している。虚像を生きるスターの名声の背後にある〈ビタミン剤が主食の生活(くらし)〉や情報過多の街の狂騒を描く“Dance Dance Dance”、表層的な恋愛やルッキズムの裏側にある〈傷つくのが恐い〉心理を暴く“ラヴ コネクション”、恋人に捨てられた情けない会社員の男のリアルな希望の歌“雨のち晴れ”、生々しい失恋の傷が刻まれたあまりにも切ない“Over”など、リリックは実に奥行きがある。桜井のシニカルな皮肉と風刺性が、スレスレの絶妙なバランスに着地しているのが本作だと言えるだろう。“CROSS ROAD”と初のオリコン1位を獲った“innocent world”というミリオンヒット曲が収録されているのは言わずもがな。“innocent world”における〈僕は僕のままで/ゆずれぬ夢を抱えて/どこまでも歩き続けて行くよ/いいだろう? Mr.Myself〉というライン、〈純粋無垢な世界〉に対する逡巡は、現在に至るまでのバンドの歩みを決定づけたのでは。アルバムは最終的にトリプルミリオンを売り上げた。 *天野

 

『深海』(96年)

Mr.Children 『深海』 トイズファクトリー(1996)

こうやってディスコグラフィを追っていくと、Mr.Childrenというバンドがいかに変わってきたのかがはっきりわかるのだが、その変化と深化が最も顕著なのが本作ではないだろうか。バンドとしての大きな成功が背景にあったのだろう、かなり内省的、もっと言えば抑鬱的なコンセプトアルバムだ。改めて聴いてみたところ、自分の記憶よりもずっとピンク・フロイド濃度が高かった。『原子心母』から『Animals』あたりのフロイドに、桜井の精神的な危機や希死念慮がコネクトしてしまったのだろうか。稀代の名曲にして迷いをすべて吐き出す告白調の“名もなき詩”を真ん中に据え、ボブ・ディランや『孤独の太陽』の頃の桑田佳祐を思わせる風刺歌“So Let’s Get Truth”、皮肉たっぷりに時代を撃つ“マシンガンをぶっ放せ”、〈死を想え〉という副題がつけられた“花 -Mémento-Mori-”と、海の底に沈み、塞ぎ込みながらも大文字の〈社会〉と対峙し、もがく様が各曲に刻みつけられている。愛、夢、希望といった、かつては信じられた価値あるものを〈シーラカンス〉に喩え、そんなものがあるのか、あるいはないのか、あったとしてそれをいま本当に信じられるのか――“シーラカンス”や“深海”にはそんな懊悩が表れているが、そこにはバンドの過去と現在も重ねられているように思える(その点で“ありふれたLove Story ~男女問題はいつも面倒だ~”の歌詞が実は象徴的)。Mr.Childrenはこれ以降、バンドとしての生き様や苦闘をそのままアルバムという形の作品に吐き出していくことになる。 *天野

 

『BOLERO』(97年)

Mr.Children 『BOLERO』 トイズファクトリー(1997 )

“Tomorrow never knows”をはじめ、前作『深海』には未収録のメガヒットシングルを詰め込んだ6作目。J-Popの頂点に到達したバンドはアンコントロールな状態に突入し、そうした状況と情報過多な時代背景が鮮明に反映された作品でもある。宮沢賢治やルイ・アームストロングにリスペクトを抱きつつ、彼らが生きた時代と現代を比較した社会風刺ロック“タイムマシーンに乗って”、援助交際という言葉が蔓延した当時の日本を過激な描写で捉えたハードロック調の“Brandnew my lover”など、トレンドだったデジロックの要素がアルバム/楽曲の髄所に散りばめられている。活動初期の面影残る“幸せのカテゴリー”や、擦り潰されそうな桜井の精神世界が広がる“ALIVE”といった極端な色合いの楽曲も並ぶなかで、エルヴィス・コステロ“Pump It Up"をオマージュしたMVも話題となったライブアンセム“シーソーゲーム 〜勇敢な恋の歌〜”、バンドのドキュメンタリー映画のテーマとして制作されながら阪神・淡路大震災の影響がダイレクトに歌詞に反映された“【es】 〜Theme of es〜”など、一見相容れない要素を繋ぎ合わせ、幻想と実存を同居させながらポップソングとして表現するスキルをこの時期のMr.Childrenは極めつつあった。本作リリース後、デビューからその巨大な歯車をノンストップで回し続けていたバンドはツアー終了とともに活動を休止する。 *小田