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“花”​=〈まだ出会えていない〉人の歌

ボーカルは、徒に声を張ったりすることはなく、最近は〈脱力〉がキーワードだという当人のモードが反映されている。一方、音を伸ばした時の微細な音程の操作、語尾の処理からはセンスとテクニックが感じられ、やはりこの人ならではの節回しという印象だ。自然体でもスター性のある藤井 風というアーティストの佇まいが、ボーカルにも表れているように思う。

歌詞はいきなり〈枯れていく〉と始まるのが驚きだが、続く〈今この瞬間も〉の使い方が非常に巧みだ。倒置法で〈枯れていく〉に係っているとも、順当に直後の〈咲いている〉に係っているとも解釈できる。時の流れとともに言葉が進む、歌詞の特性を活かした言語表現と言えるだろう。

この曲では迷いながら生きる人の心の動きが描かれていて、〈咲かせにいくよ(探しにいくよ)/内なる花を〉というフレーズが結論になっている。〈内なる花〉に価値が置かれているのに対し、外の世界から与えられた〈花束〉は〈しわしわに萎れた〉状態である。

藤井 風は〈答えは外の世界にあるのではない、自分の内にあるのだ〉と歌い続けてきた。〈鏡よ鏡〉と唱える“死ぬのがいいわ”もそう。〈何もかも既に持ってるのにね〉と歌う“まつり”もそう。そして、YouTube動画「"何なんw”って何なん」内で本人が解説しているように、彼の歌詞概念を理解しようとすると〈ハイヤーセルフ〉というキーワードに辿り着く。“花”の歌詞をこの観点から解釈したファンも少なくないだろう。

藤井曰く、ハイヤーセルフとは、エゴや利己心、嫉妬などのネガティブな感情とは無縁の存在で、誰しもの中にいる神様、あるいは天使やヒーローのようなもの。ハイヤーセルフとの対話、あるいは〈声が聞こえる〉的な描写を含む藤井の曲は数多くあるが、今回の“花”は独言に終始している。つまり、この曲は〈まだ出会えていない〉人の歌だろう。

ドラマ「いちばんすきな花」は、それぞれに生きづらさを感じている主人公4人の日常のシーンと、主人公同士が会話するシーンによって構成されている。第2話では、4人でテーブルを囲む中、一人だけ喋り出さずにいる深雪夜々(今田美桜)の姿が印象的だったが、他者の考えに触れることが自己を顧みるきっかけになることは往々にしてあり、彼らは会話をすることで、自分自身と対話している節もありそうだ。その繊細な魂の動きを“花”は映し出している。

 


RELEASE INFORMATION

藤井 風 『花』 HENN/ユニバーサル(2023)

リリース日:2023年10月13日(金)
配信リンク:https://fujii-kaze.lnk.to/Hana

TRACKLIST
1. 花