キッスのライブ盤『Alive!』のリリースから50周年。キッスといえば今やロック史にその名を刻む人気バンドだが、デビュー2年目はまだ大きな成功を掴むには至っていなかった。そんな彼らの転機になったのが本作だ。このアルバムがなければ現在のキッスの評価の高さもなかったかもしれない――。不遇をかこっていたバンドのキャリアのターニングポイントである名盤を音楽ライター増田勇一に解説してもらった。 *Mikiki編集部

強烈なライブと資金難、困難な成功への道のり
キッスのライブアルバム『Alive!(アライヴ!~地獄の狂獣)』が北米でリリースされたのは、1975年9月10日のことだった。それから半世紀を経ている今現在もなおこの作品が名盤と呼ばれ続けているのは、純粋にこのバンドの魅力をリアルに伝えてくれる音源であるばかりではなく、そこにファンが思い入れを抱くことのできるストーリーが伴っているからでもあるだろう。
どこか歌舞伎を思わせる白塗りのメイクで素顔を隠し、奇抜なコスチュームに身を包んだ前例なきバンド、キッスがニューヨークで始動したのは1973年のこと。1974年2月にはデビューアルバムの『Kiss(地獄からの使者)』がリリースされ、さらに同年10月には第2作の『Hotter Than Hell(地獄のさけび)』、翌1975年の3月には第3作『Dressed To Kill(地獄への接吻)』が発売されている。ビルボードによる全米アルバムチャートでの成績は最初の2作についてはそれぞれ最高87位、100位に終わっているが、第3作は32位まで上昇し、新進バンドとしてはまずまずの記録を残している。
とはいえ、当時のキッスが順調にサクセスストーリーを歩んでいたとはいえない。彼らは当時から火気などを伴う派手なステージショウを展開し、ライブバンドとしての評判を高めつつあったが、当然ながらそこには通常のライブ以上の予算が費やされていた。言い換えれば、身の丈に合っていないライブを実践していたというわけだ。しかもそのライブパフォーマンス自体があまりに強烈であるため、彼らをオープニングアクトに起用することを拒絶するバンドも少なくなかったという。
デトロイトの熱気とバンドの戦略が奏功したライブ盤
そうした理由から思うようにツアーが組めず、ライブをやればやるほど赤字がかさむという悪循環に陥っていた彼らは、早々にツアーを切り上げては次のアルバムの制作に移るということを繰り返していた。初期の作品リリースのペースが異様に早いのは、そのためでもある。ただ、当然ながらレコ―ディングにかかる費用というのも大きな負担になってくる。そんな八方塞がりの状況に追い込まれていた彼らが選んだ最終手段が、ライブアルバムの制作だった。ライブ録音であればスタジオ作品ほど費用はかからないし、その収録のためのヘッドライン公演を実施すれば、それなりの集客は見込めるからだ。
そこで結果的には1975年5月から7月にかけ、デトロイト、クリーヴランド、ダヴェンポート、ワイルドウッドという4カ所の会場でのライブが録音された。なかでもデトロイトが選択されたのは、『Dressed To Kill』に対する反響が特に大きかったからだった。このアルバムからシングルカットされていた“Rock And Roll All Nite”をあるDJがかけまくったことを切っ掛けに、アルバム自体もローカルチャートのトップ10にランクされるほどの局地的な盛り上がりを見せていたのだという。
デトロイトでの公演会場には、1万2,000人を収容するコボ・アリーナが選ばれた。NBAのデトロイト・ピストンズの本拠地だった会場だ。実のところ当時のキッスとしてはだいぶ背伸びをした選択だったといえるが、現地のファンからすれば「俺たちの声援がキッスを地元に呼び寄せた!」という喜びに繋がっていたはずだ。実際、この『Alive!』の裏ジャケットには、同会場を埋め尽くしたオーディエンスの写真が用いられているだけに、まるで全曲がそこで録音されたかのような印象を受けるが、ある意味、彼らはこの写真を撮るために同会場での収録を決めたのではないかとも推察できる。というのも、他の収録会場に比べて格段に規模が大きなコボ・アリーナでの公演を盛り上げ、「デトロイトでキッスの人気が爆発!」といった印象を拡げていくことが〈次〉の展開に向けて重視されたはずだと思えるからだ。
彼らは、続く4作目のオリジナルアルバム『Destroyer(地獄の軍団)』を1976年の春にリリースしているが、同作の1曲目に収められていたのが“Detroit Rock City”だった。そこにはいち早くキッスの人気に火がついたデトロイトのファンに向けての返礼の意味も込められていたと言われているが、当時のマネージャーだったビル・オーコインがそうした流れを呼び込むようなシナリオを用意していたのだろうとも思われる。