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Life Style(2016年)
by 宮崎敬太

2016年に発表された“Life Style”はBAD HOPの名を〈日本語ラップ〉というジャンルから羽ばたかせた1曲だ。当時を振り返るとあの頃のBAD HOPはかなり謎に包まれたクルーだった。T-Pablowは「フリースタイルダンジョン」にレギュラー出演していたものの、クルーとしての情報はあまりなく、前年にYouTubeで公開された傑作ドキュメンタリー「MADE IN KAWASAKI 工業地帯が生んだヒップホップクルー BAD HOP」のイメージ、つまりアンダーグラウンドな存在だった。

そんな中で突如“Life Style”が投下された。この曲は日本のヒップホップシーンにおける事件だった。あの頃の日本語ラップのMV再生回数は現在とは比較にならないほど少なかった。数千回再生されれば〈結構見られてるね〉という感じ。少なくとも自分がチェックしていたヒップホップシーンはそんな規模感だった。だが“Life Style”はあっというまに100万回再生を突破した記憶がある。この曲でBAD HOPは完全にムーブメント化した。それまでブーンバップばかり聴いてたヘッズたちもこの“Life Style”には夢中になった。クラブでかかれば皆が絶叫し、それが日本中のさまざまな場所で、一晩に何度も起こっていた。

音楽で貧困から抜け出すというシリアスなメッセージを爽快なメロディーで歌うことも新しかった。BAD HOPを取り巻く言説の中には〈USのパクリ〉というものがあるが、個人的にはそう思わない。日本では〈このスタイルは誰々がやってるから、自分は他を選択する〉となるが、USヒップホップの場合〈このスタイルを誰々がやってるけど、俺のほうがもっとうまく、おもしろく、かっこよくやれる〉と考える。だからUSには似たような曲がいっぱいある。ひとつのスタイルをみんなが更新していく競争(ゲーム)なのだ。

このUSのヒップホップトレンドをトレースするスタイルを武器にBAD HOPはさらに広い層へアクセスしていく。村から街へ。同時に“Life Style”はBAD HOPの世界観をさらに濃縮した傑作『Mobb Life』への布石となった。2024年現在も彼らの代表曲であり、日本のヒップホップシーンに欠かせない非常に重要なアンセムでもある。

 

Kawasaki Drift(2018年)
by つやちゃん

ヒップホップカルチャーのあらゆる要素が凝縮されている。たとえばANARCHYによって発見された日本語ラップにおけるゲットーの概念が、川崎という街のモクモク煙たく殺伐とした空気を通して描かれながら、同時に〈KAWASAKI〉と〈DRIFT〉によるバイク=スピード狂のイメージ喚起、TERIYAKI BOYZ®“TOKYO DRIFT”へのオマージュによる歴史への目配せもされる。NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDや韻踏合組合からSCARSを経て国内ヒップホップに脈々と連なるマイクリレーのすばらしさを全て盛り込んだような、あまりに多彩な起伏を見せるラップも大きな衝撃を与えた。

BPMを抑制しがちなトラップに疾走感を与えたことも含め、当時シーンを制していたKOHHにはなかった要素を多く揃え、新たな時代の幕開けをも提示。バイカー文化=暴走族の系譜を明らかにしながらも、迫りくるグローバル資本主義のさなかでヒップホップ的ネオリベラリズムが〈休んでも止まらない時計〉〈休まない俺達〉と加速し続ける。そのスピードは一瞬たりとも減速することなく、不確実性が高まる時代をカネを稼ぎ有名になることで生き抜こうとする〈キッズたちの夢〉が本格的にはじまることになった。

〈川崎区で有名になりたきゃ/人殺すかラッパーになるかだ〉は最も有名なラインだが、〈早死にしたヤツらの供え/手を伸ばす浮浪者と同じDNA〉の切れ味も鋭い。プロデューサーは理貴、MVの映像作家は新保拓人。ヒップホップの全てを背負い爆速で走り抜ける、BAD HOPのみならず2010年代のドメスティックシーンを代表する金字塔。